武道伝来記 巻ニの四
『命とらるゝ人魚の海
〜忠孝しるゝ矢の根の事』
人魚っていうと……思い浮かぶのはアンデルセンの人魚姫ですが。
この時代の日本にも居たのです、人魚が!
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奥羽地方の海には見慣れない怪魚が上がる例がある。
後深草院の頃(鎌倉時代)に津軽に人魚が初めて流れ着いた。
その形は紅い鶏冠(とさか)があり、顔は美女のようで、四足、瑠璃をのべて、鱗は金色、香りも深く、声は雲雀笛のようだったと伝わっている。
松前藩の奉行役人(海岸警備など)に中堂金内という人がいた。
役目で里々を見回った時の事である。
夕暮れに鮭川の浦から海へ小舟で乗り出し、岸から八丁ばかり離れたところで、急に波が荒れ、白波の中に五色に水玉が散って、人魚が目前に姿を現した。
舟人達は驚き気を失った。
だが金内は小弓を取り、「これは一大事」と矢を放つと、手ごたえがあり、その魚は沈んで行った。
その後は波も静まった。
その後、松前に帰宅して、仕事の報告ついでに旅物語として人魚を射止めた事を話すと、皆は手を叩いて褒め、
「これは例のない手柄である。明日、殿にご披露しよう」と言われた。
そこにいた青崎百右衛門(41)という嫌味な奴が、
「それは嘘に思います。
確かな物を見ぬ内は御前のお耳に入れない方が良い。世の中に化け物なんておりません、不思議な事もございません。
猿の顔は赤いし、犬には足が四本に決まっています」
と言った。
その場にいた大横目の野田武蔵がこれを聞いて
「貴殿、広い世界全てをここにいて見られるはずがないのだから、変わった生き物がいないとは言い切れないだろう」
と古代の化け物の例を挙げて話すと、百右衛門は顔色を変え、
「金内殿もその人魚をご持参されれば良いのだ」と言った。
世間の人々は、「百右衛門が悪い」「いや金内こそ胡乱な事を申されてる」と噂した。
金内はこれを聞き捨てる事は出来ず、百右衛門を討ち果たそうと思ったが、
しかしそうなると、自分が胡散臭い事を言っていると余計に笑われるのも口惜しい。
ならばここは人魚を見つけ出し、これを家中に見せつけてから、百右衛門を討とう。
と人魚を探して漁師を雇って網を引かせたり、また自らも浦々を探し歩き、心労もたたって、惜しい事か、波の泡と消えてしまった。
この事を嘆くのは、一人残された娘(16)。
母親も数年前に亡くなり、今度は父が。
せめてお顔だけでも拝みたいと出掛ける娘。とその跡を尾けてくる女。
この女は金内の妾の鞠(21)で、金内の情けを忘れず後を慕っていた。
ようやく金内の亡くなった浦に着き、金内の遺体に抱きつき「もはやこれまで」と二人して海に身投げをしようとした。
そこへ上意を持った横目の野田武蔵がやって来て、二人を引き止めた。
「親の敵(かたき)がいるのを知らないのか。
金内は病死と言われたが、それは百右衛門が言った事が原因なのだ」と一部始終を語り聞かせた。
娘は泣きながら
「百右衛門は私との縁組をしきりに申しておりましたが、父が請け合わなかったのを恨みに思ったのです。これは武士の心入りではありません。
ならば百右衛門を討ちましょう」
と、野田武蔵に警護され、再び故郷へ帰った。
そして増田治平という浪人に後見(助太刀)を頼み、遊山に出掛けた百右衛門に名乗り上げ、娘は薙刀で斬り込んだところを、鞠が飛び掛かり、胸元に差し込んで、見事、百右衛門を討ち果たした。
屋敷に戻ると閉門し、女ながら切腹を申しつけ下さいと御意を待ち受けた。
その覚悟はさすが武士の娘である。
ご詮議の時、百右衛門は日頃の悪い行いもあって、老中、諸役人みな口を揃えてその事を申し上げ、百右衛門の家は滅亡となった。
金内の娘には、伊村作右衛門(誰!?)の末子・作之助との縁組(婿養子)が仰せ付けられ、中堂の家を継がせた。
妾の鞠には、歩行目付の戸井市左衛門と言う者に下された。
それから50日程経ったある日。
北浦春日明神の磯から夜中に注進があり。
「見慣れぬ魚です」と人魚を差し上げられた。
そこには間違いなく金内の矢が刺さっており、人々はみな感心し、金内は亡き跡に武士としての名を上げる事となった。
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前回と今回、女二人がキーワードのお話が続きました。
この話は『武道伝来記』の中でも割と有名な話ではないでしょうか。
金内さんは辺境警備のようなお仕事をされてる人ですね。
そして、こちらが挿絵の人魚さんです

…………



外国の人魚伝説はジュゴンやマナティがモデルではないかと言われていますネ。
この話に出てくる紅いの鶏冠のある人魚は、他の話にも登場するらしいので、日本のまわりで同じようなものが度々目撃されているのでしょう。
おそらく深海魚リュウグウノツカイではないかと思われますネ。
挿絵はジュゴンのようですケド



百右衛門の「世の中不思議な事はございません」に、不覚にも京極堂を思い出してしまいました。
百右衛門、嫌な奴なのに……っ

そして、娘は「娘」なのに、妾は「鞠」と名が付いているのは何故なのだ!?

