武道伝来記 巻ニの一

『思ひ入れ吹く女尺八
       〜落鞠に色見そむる事』

 

BL度:微……ですが、
突然の念者さまの登場にときめい…しまった。



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安芸の国(広島)に、京より枯木内匠という鞠の名人がやって来て、あちこち指南したお陰で、国中に蹴鞠が流行って、鞠を蹴る音のしない屋敷は無かったほど。(どんだけ流行ったの!?)


鳥川村之助(18才)は角前髪(半元服の状態)でまだ美道(衆道)の花の香りを残しています。
(美男子だったのね

ある時、友の家の庭で仲間と集まって蹴鞠をしていました。

蹴った鞠が垣根を超え隣の花畑へ行ってしまったので、村之助は追いかけてお隣の敷地内へ。

そこでお隣のお屋敷のご息女を垣間見ます。
なにやら麗しいご様子でいらっしゃるその娘に、声を掛け鞠を取ってもらいます。

その時、互いに顔を見合わせて、恋の始まりですね

文を通わすまでもなく忍んで行く村之助と、それを嫌と言わない娘。

二人はあっと言う間に深い仲に。
互いに小指を千切り、その血でお互いの下着に誓詞を綴りました。


ところでこの娘の父親は江戸勤めだったが、帰宅する事になり、
その途中、静岡あたりにいる親戚の子(甥っ子に当たる)甚平(19才)は体格も良く力も強く将来頼もしいので、養子に貰って、その後、娘と目合わせて祝言を挙げさせようと決めます。

(ここで娘の名前が小督(こごう)さんだと出て来ます。)

当然、小督さんは嘆きます。
「仰せに背くのは親不孝ではありますが、私は出家したい。
甚平殿には他所から(お嫁さんを)迎えて下さい」
と言って母親を驚かせます。

甚平も少し悔しく思っているところに、村之助くんが忍んでくるのを見つけてしまい、自分の家来と待ち伏せして、村之助をバッサリと斬り捨ててしまいました。

小督は「これまで」と思い、薙刀を持って飛び出そうとするのを乳母に止められ「敵討ちは時期を見なさい。まずは逃げましょう」と裏門より抜け出します。

村之助の密通は公になり、甚右衛門(誰!?小督の親(甚太夫)??)は面目潰され自宅謹慎します。
甚平は立ち退きました。(故郷にでも帰ったのかな?)


小督は乳母の働きに寄って、明石の里に。
ここで慣れない手仕事などでその日暮らしをしながら、村之助の子を産みます。

「男の子なら村之助の敵を討つべし、女の子なら共に死のう」と祈る辺りが怖いです。
生まれる前から敵討ちを課せられているのです。

念願叶って生まれた男の子は村丸と名付けられ、大事に育てて、9才から須磨寺に預けて教育してもらいました。

父親に似て大層な美少年。
村丸は若衆の蕾だと僧侶達に眺められながら13才なります。

(坊さんのお手つきにならなかったのか、そこら辺が気になります)

母・小督は昔の話を聞かせ、敵を討つ時であると言い聞かせ、村丸も「甚平の首を土産にお目にかかりましょう」と身支度をして出発しようとするのを、二人して(母と乳母??)縋って抱きとめます。

結局三人(乳母も!?)で旅立ちます。


旅の途中で40才くらいの侍とすれ違います。
侍と下人は村丸を見て
「村之助の生き写し!」
「村之助さまの幽霊!?」
と囁きながらビックリしています。

聞けばこの侍は、広島の者で大谷勘内といい、村之助の(衆道の)兄分でした。
「不慮に村之助を討たれ、その敵を訪ねて旅をしているのです。
今は相手が吉野にいると聞いて向かう途中なのです」

勘内も村之助の敵・甚平を討つべく国元を旅立っていたのです。

三人は勘内に取り付き、
「私はその村之助の一子、村丸です」と
これまでの心の内や一部始終を語り、皆々一斉に泣き合った。

「さぁさぁ大和を超えて甚平を討ちましょう」
と連れ立って吉野へ入り、
勘内の後見の元、村丸は見事に敵を討ち取ったのでした。



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その後、どうなったんでしょうかねぇ。

村之助そっくりな村丸くんを見て、勘内さん、気持ちが騒がなかったのでしょうかねぇ(ゲスい)。
親のような心持ちで、その後の成長を見守ったと思いますね


気になる箇所がございます。
若衆さんは兄分が居ても、他に女性と通い合うのはOKなんですね。

女色と男色、どちらも嗜むのが良しとされていたのでしょう。
衆道こそ武士の嗜み…のような考えがあったようですし、お家存続の為には子孫を残さねばなりません。
現代の同性愛とは少し違っているように思えます。

この時代の(武家の)衆道の関係は(私の解釈ですが)一つの通過儀礼のようなもののように感じます。

念者さまから「男とは、武士とは…」みたいな義理や作法など学ぶ間柄……ではないでしょうか?
そこにLOVEのある場合もありましょうけど、それより絆に重きがあると思いますね。

女性との付き合い方とかも、場合によっては教わったり相談したりしていたかもしれませんね?


ところでタイトルの『女尺八』というのは
お母さんの小督さんが敵討ちに出発する時、「女ながら尺八を吹き、男の格好で」という箇所があります。勇ましいです。

あと尺八が男性だけの物だったのかどうかわかりませんが。

ともあれ、ハッピーエンドで宜しいですね


武道伝来記には、もうひとつ、母と息子で敵討ちに出かけていく話があるのですが、そちらは散々な後味の悪い結末なのです
そのうちご紹介するかと思います。