小学生時代、中学生時代、高校生時代...。それぞれの時代ごとに、その時々を想起させる出来事やモノや場所やワードは誰にでもあると思う。
それは万人が共感できるものから当人でないとわからないものまで、色んなものがある。
先日、大学の卒業式やった。
就活浪人という名目で晴れて大学5回生になる僕にとっては、ただのいたたまれない一日やけど。4年間一緒やった優秀な友人達はこの日を機に本格的に社会に飛び込んで行った。しばらくはお互いに会えへんやろう。
ってことで、都合のつく仲のいいやつら5人で飲むことになった。
就職活動が始まってからは、卒業論文やら卒業旅行やらで何かと暇がなくなる。以前はバカみたいに飲んでたメンバーも、揃って飲むのは久しぶりやった。1年ぶりくらいかもしれん。
でも不思議とご無沙汰な感じはなかった。いつものめんつで、いつものノリで、たわいもないいつも通りの会話。もりあがる時も不自然にもりあがりすぎず、会話がなくなっても気まずい雰囲気にはならない。いい感じに酔いがまわる。
ずーっとこの時間が続けばいい。無論そんな思いは叶わず、終電の時刻がせまり店を出る。あぁ、無常。
僕らはいつも通り、つかず離れずのほどよい距離を保ちながら三三五五、駅に向かって闊歩した。僕はいつも通り、フワフワとした意識と少しばかりの名残惜しさを感じながら皆の話に耳を傾けた。
そんなデジャヴみたいな光景も、もうしばらくはないやろうと思うとひとしおやった。
んで、僕はおぼつかない足どりながら、しみじみと思ったわけです。
これが僕の大学時代やな...。
と。
これは当人にしかわからんのやろう。それまでの付き合いがあるからこそ感じられる思いやから。もしかしたら僕が一人で感じてるだけなのかもしれんけど。
普通は節目節目の出来事を大切にするんやろうけども。僕はこういう何気ない日々の積み重ねでのみたどり着けるふとした瞬間を大切にしたい。
まぁ今後いつになるのかわからんが、彼ら彼女らとまた飲むことができれば、今と変わらんであろう関係性を出発点にして忘れかけてた大学時代の記憶がメモリーツリー方式で思いだされるんやろう。
その日が楽しみ。
絶望的に長い田辺坂。
昼飯時、きまって行ったカフェテリアの窓側カウンター。
無意味に時間をつぶした、ローム記念館。
京田辺駅前、時代屋の屋台形式のテーブル席。
オール明けを思い出す、人気のない朝の新京極の商店街。
暇があれば行った、大学近くのビリヤード場。
飲み終わりに歩いた四条から京都駅までの道のり。時には終電間際、駅まで全力疾走したもんや。
今ならなんぼでも思い出せる記憶も、悲しいかな必ず薄れていく。
でもそんな過去を一生共有できる人間がいるのは有難いことやと思う。
なんだかんだで、大学は楽しかった。
皆様、どうもありがとうございました。
...まぁ僕はもう一年行くわけやけども。
P.S. 2回生ぐらいまでなら飲みの後、朝までカラオケなんてザラにあった。その流れが当然のように無くなっていたのには、老いを感じました。