7月のうちで開催している

読書会の課題本は2冊。

 

2冊ともウイリアム・スタイグの作品。

 

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読書会では

「アベルの島」から

感想を述べ合いました。

 

 

「アベルの島」

ウイリアム・スタイグ 作

麻生九美 訳

評論社

 

のんきな町ネズミのアベルは、ある日ピクニックにでかけて嵐に出あい、無人島に流される。愛する妻のもとへ帰るという決意を胸に、大自然の中でたった一人どうにか生きのびようとするが……。苦難を乗りこえ、強くたくましく成長してゆくアベルの、心あたたまる愛の物語。

 

 

(本をすでに図書館に返却してしまっていて

読書ノートと私の記憶で書くので内容が曖昧なところもあるかも…。

そしていつもながらまとまり記事であることをお許しください💦)

 


 

 

 

新婚ホヤホヤのアベルが妻アマンダとピクニックに出かけていた時、

嵐に合い、

雨宿りをしていた時に

突風でアマンダのスカーフが飛ばされてしまうのを

取ろうとした瞬間、

アマンダのスカーフもろとも飛ばされたアベル。

川に流され、たどり着いたのは島(中洲?)。

 

 

 

 

脱出を試みますが、

困難だとわかり、

その島で約1年生き抜くことに

なります。

 

 

無人島に漂着する作品で

まず思い出すのは

「ロビンソンクルーソー」。

 

 

他にも

(複数人で漂流した)

「二年間の休暇」(十五少年漂流記)

 

気球で脱出して

辿り着いた場所が

島だったのは

「神秘の島」

(「神秘の島」は昨年夏に読んだけれど面白かった!)

 

島に漂着する話は

いくつかあるけど、

他にもあるのかもしれないな。

 

 

 

 

アベルはアベルは由緒正しい家系の出身で

働いたことのないネズミ

(その設定も面白い)、

 

最初、島に漂着してすぐに

船を作ったり、棒で飛ぼうとしたり

脱出を試みるが

うまくいかない。

 

 

 

そんな彼を

生きさせたのは

 

 

本能と

知識と

愛と

芸術だろうか。

 

 

 

 

いいとこのボンボンネズミだけれど、

船を作るときに

木を削るのに 

自分自身の(ネズミの)歯を使ってしまう。

日常はそんな使い方をしないのに。

 

本人も驚いていたけれど、

「本能」的に生きる力の発生って必要な状況に追い込まれると

発揮されるのだろうと想像するけれど、

そんな状況に追い込まれることが

自分自身の身に降りかからないことを願いたい。

 

 

さて、

ぼっちゃんなアベルだけれど、

 

彼は

「教養」を持ち合わせていて、

それを無人島生活の中で生かすことができる。

キノコの図鑑を読んでいたから

食べられるキノコがわかるとか、

 

火を起こしたり

道具を作ったり

 

 

「知識は身を助く」を体現していた。

 

 

 

彼が生き抜くための

3番目の力である

「愛」。

 

妻アマンダのことを想い、

いつか戻るという希望を持って生きていたアベル。

アマンダのスカーフを

身につけたり、抱きしめたり。

 

アマンダのスカーフは「アマンダ」であり、

帰還するための希望となっていた。

 

 

 

 

 

中洲での生活の中で

天敵に襲われ(フクロウ)危険な目にあったりしますが、

(このシーンで呪いの言葉を吐くだけ吐くシーンも人間(ネズミ)臭くて好き)

 

 

衣食住が整ってきたら

次に彼がしたことは

アマンダや家族の銅像を作ること。

 

生きる土台ができると

娯楽や芸術を楽しむのだと。

 

そしてこんな状況の中で

自分の中の芸術(才能)を開花させていくアベル。

 

 

 

物語を読み進めていく中で

マズローの5段階の欲求が思い出される

①生理的欲求(生きていくために必要な食物、水、空気、性などへの欲求)

②安全の欲求(危険から守られ安心していたいという欲求)

③帰属と愛の欲求(自分の居場所があり愛されていたいという欲求)

④承認の欲求(人に認められたい、評価されたいという欲求)

⑤自己実現の欲求(自分らしくありたいという欲求)

①から④の欲求は欠乏欲求と称され、これらが充足されていない状態では成長につながる⑤の自己実現の欲求には至らないとされている。

⑤は成長欲求と称され、これが満たされることによってますます成長へと向かう。


日本看護科学学会. 看護学学術用語検討委員会. n.d. JANSpedia-看護学を構成する重要な用語集-. 基本的欲求より引用

 

 

 

 

 

島での生活を送るアベルですが、

人(ネズミ)恋しく(③帰属と愛の欲求)なります。

 

 

「ひとりごとで自分と会話する。自分で自分を納得させるのは、なかなか骨が折れるなと

思うこともしょっちゅうでした」(p96)

 

「一人ぼっちでいると、人ってこんなに切なくなってしまうのです」(p108)

 

 

そんなある日、カエルのゴーワーが流れてきます。

しばらく島に滞在するゴーワー。

 

ゴーワーって話をしてても起きてるのか寝ているのかわからなかったり、

はなしても忘れたりするところなどゴーワーのキャラクターが

私にはツボでした。

ゴーワーと過ごす中で、誰かとの関わりがあることの幸せを感じていくアベル。

 

でも、ゴーワーは川の水が少なくなった時に

(カエルだから)泳いで島から出ていくのです。

 

アベルは救出のことづてをゴーワーに託すのですが、

待っていても救出には誰も来なくて

(きっとゴーワーは言伝を忘れるのだろうなと

読者は彼のキャラクターを知っているからそう思うのだけれど)

 

アベルは自分が渡れるであろう川の水位が減る時期をみはからって

島からの脱出を試みます。

 

 

ゴーワーが流されてきて出ていったことは

アベルが島を脱出するヒントになったであろうから(そんなこと書かれてないけど)

ゴーワーとの出会いは必然な運命の出会いだったのではないかな、なんて思いました。

 

 

最後はハッピーエンドで終わるので

ドキドキしながらも安心して読める物語です。

 

 

 

 

アベルが1年、この島にいる間の四季の彩りが

描かれていますが、

 

スタイグは四季の移ろう時間の流れが好きなのだろうか?

1年という時間が好きなのだろうか?

 

「ロバのシルベスターとまほうの小石」でも

ロバのシルベスターが石になってしまって1年の四季の流れや情景が

描かれていたな、なんて思いながら読んでしまいました。

 

 

「アベルの島」の中で

「こずえで眠っているなずみのそばをつま先歩きでそうっと通り過ぎていくように、

しんとした大空を星座がわたっていきます」(p45)

私はこの表現が好き♪

 

「ロバのシルベスター」の星空の絵を思い出しました。

 

 

 

 

私は

「アベルの島」を

人間(ネズミ)くさい物語だなと思いました。

 

 

けれども、

それはこの記事を書きながら

振り返っているから

そう感じたのだけれど、

 

 

とっても人間(ネズミ)くささ溢れる物語を

作者のウイリアム・スタイグは

 

主人公をネズミにしたのもあい合わせて

重苦しさを感じさせず、

軽いタッチの自身イラストの力も使って

ワクワクする成長冒険物語(その上情景は美しい)に仕立てているところが

すごい!!

 

そして

結末のアベルの行動も

スマートで

カッコよくて

読者からはユーモア溢れていると感じる

素敵なエンディングで

 

あらためて

スタイグの凄さを感じたのでした。