『親父』道 ~おやじどう~ -18ページ目

『親父』道 ~おやじどう~

究極のパパっ娘による「父とその娘」の回想録

夏の終わりが近付くと、
親父と行った野外ジャズ・フェスティバルを思い出したりします。

ピアニストの姉を持つ父は、彼女の影響もあってか大のジャズ狂で、
大学時代にはジャズ喫茶に入り浸りだったんだとか。
それで、単位を落としかけたこともあると聞いています。

さらに新婚当初、ボーナスを全額つぎ込んでステレオセットを購入し、
私を身ごもったばかりの母と大喧嘩したこともあったとか。

そんな父にとって、極上の休日の過ごし方のひとつが
ウィスキーを舐めながら手製のスピーカーでコルトレーンを聞くことでした。

「でした」というのは、私がその楽しみを取り上げようとしたから。


あれは確か、私が中2のころ。
父自慢のスピーカーを含むステレオセットを譲り受けたのです。

条件はただひとつ;
 私の部屋への自由な出入りを認めること


14歳の女の子と言えば、すでに多感なお年頃。
とっくに男性を意識していて、
あげくに「お父さんはくさい・きたない・きらい」と言い始めても
おかしくない頃です。

そんな娘の部屋に
父親が自由に出入りする「パスポート」を手に入れるには
自分の宝物を差し出す必要があると踏んだのかもしれません。

時に、宿題をする私の後ろで
時に、編み物に興じる私の目の前で
時に、うたた寝をする私の隣で
父は目を閉じてコルトレーンに聞きふけっていました。
酔っぱらって、踊りだすこともありました。
そんな様子を聞きつけて、母や妹も乱入し・・・。

私の部屋が、家族団らんの場になるのでした。

もともと父の個室にあったステレオセットが
私の部屋へ移動することによってみんなが楽しめるようになる。

 親父がそこまで計算ずくだったとしたら・・・

してやられたり!脱帽です。