昨日、かつて起きた連続企業爆破事件に関与していた

「桐島聡容疑者」とみられる男性が、神奈川県内の病院に入院しているというニュースが流れました。


連続企業爆破事件といえば、大手企業が次々と標的にされ、たくさんの死傷者の出る事件でした。


あの当時は1971年から1972年にかけての連合赤軍によるリンチ事件、

1972年のあさま山荘事件、

1974年から1975年の連続企業爆破事件、

1977年の日航機ハイジャック事件と恐ろしい事件が続きました。

今より「テロリスト」や「テロ組織」という言葉があまり浸透していないころの思想犯による事件でした。


1972年2月には冬季札幌オリンピックが開催され、日本人選手の大活躍で国中が沸き立つ中で、

あさま山荘事件が起きました。


折しも大雪のために休校となり家にいた私は、警察が突入して人質の救出と犯人確保の様子が生中継されるのを、固唾を飲んで見守っていたのをはっきりと覚えています。

恐ろしい時代でした。


「桐島聡容疑者」とみられる男性は現在70歳。

何と48年間もの長きに亘り逃亡生活を送っていました。 

この男性は「最期は本名で迎えたい」という趣旨の話をしていると報道されています。


私この文言を見て、複雑な気持ちになりました。

まだ詳細はわかりませんが、もしこの文言がほんとうに「桐島聡容疑者」とみられる男性から発せられたものであり、自己の魂の救済を望んでの言葉だとしたら、あまりにもエゴイズムが過ぎます。

その前に、自分たちが傷つけた被害者の方々やそのご家族、ご遺族に謝罪の言葉を述べ、懺悔すべきです。


私の目には何となく日本赤軍の極端な思想にかぶれ、強い信念もなく洗脳されたただの軽薄で中途半端な若者が、身勝手にも我が身を守るためだけに半世紀近くも逃亡生活を続けたとしか映りません。


ほんとうに信念を持った行動ならば、逃げたりせずその信念を貫き、己が行動について表明するのではないかと思うのです。それが真の思想であり信念に基づく行動ではないでしょうか。


これから「桐島聡容疑者」とみられる男性の体調を見ながら聴き取りをしていくのだと思いますが、


本人の口から、本人の言葉で被害者の方々やそのご家族、ご遺族に謝罪の言葉を述べ、亡くなられた方々の御霊をお慰めして欲しいと願っています。