「すごい90歳」
って本、ご存知だろうか。
普通の主婦だったのに、
72歳で始めたことが
82歳で世界一に
90歳になるいまも現役
というすばらしいご婦人のお話です。
何を始めたかって?
ーベンチプレスなんです。
なんで、そんな重いものを女性が?
と思いますが、その経緯は本によると。。。
事故でむち打ち症になってしまった夫。
痛み止めばかり飲んでいたところ、
息子が
「痛み止めばかり飲んでいると骨がぼろぼろになるよ」
といったそうです。
アメリカで生化学を学んでいたということで、
薬には専門的な知識があります。
ならば、どうしたらいいのかとたずねると、
「自分で運動して治すしかないよ。
痛みがある程度とれてきたら、
筋トレして背骨を支えられるように強くなしないと」
という。
それは、50歳のときに膝を悪くしてしまった婦人に
若い整形外科医のお医者さんが教えてくれたことと
まったく同じでした。
それで、夫が痛みがとれて退院した後、
息子の助言に従って、近くにあったスポーツジムに入会
することになったのです。
そして、そこからはず~っと楽しくトレーニングと
なったわけですね。
実は、私も母にそのようなことをしていたことがあるのです。
このご婦人の息子さんと同じ。
糖尿病を患い、脳梗塞も合併症で併発していました。
「頭がまわらない」といつも言っていた。
まだ70代でした。
寝てばかりいたら、体が衰えて寝たきりになるからと、
近所のスポーツクラブへ一緒に連れて行ったのです。
いつも、しぶしぶ、いやいやついてきてくれた。
母を連れて行くにも、準備するとことからはじめることになる。
「運動しないと体に悪いから」と説得することから初めて、
着替えから、家を出てジムへつれていき、
一緒にトレーニングをし、つれて帰るまで
全部手取り足取りやってあげなければならなかった。
ヨガをやるにも、基本のダンダアーサナから
できてないまま、適当に転がっていただけ。
ろくにポーズもできないので、
インストラクターも半ば呆れ顔で、
できないままほったらかし。
それでも、家で寝たきりにして、何の運動もしないよりはいいと
がんばって連れて行くこと1年。。。
その間はとりあえず歩けたし、身の回りのこともできた。
問題は、1年がんばり続けたけど、
やっぱり、母がやらされた感満載だったことで、
毎週1回日曜日の昼、「ほら行くよ」と誘ったときに、
万年床の布団の中で、「いや~~~~~~」と叫んだ。
本当に心のそこからいやそうに。
ーそのときに、連れて行く私の心がパキッと
音を立てて割れた気がしたのだ。
これだけ、母を思ってやっているのに、
ほかの予定をすべて投げ捨ててやっているのに、
この人、何にもわかってない。
ーそう思ったときに、もうやる力がごっそりなくなってしまったのだ。
もう、勝手にしたらと思った。
そしてそれっきり、もう行くのをやめてしまったのだ。
それから、ほどなくして、母は布団から出なくなった。
1ヶ月もしないうちに、脳梗塞が進んで、
左腕が麻痺して動かなくなり、
整形外科へ行くも、待合室で倒れ、
K総合病院へ救急搬送された。
そのまま、長期入院となった。
寝たきり医療にはまったら、もう戻れない。
麻痺は全身に広がって、
もうすぐに、介護がなくては生きられなくなってしまった。
一日中、誰かしらの介護が必要となったなら、
もう家族も面倒は見られない。
遠くの施設へ、
行くことになっている。
きっと、もう家には戻れないだろう。
かわいそうだけれど、
私だって、こうならないために一生懸命やったよ。
こうなることがわかっていたから、
できうる限りのことはやったよ。
この本のご婦人のようになってほしかったから、
運動してもらえるよう、がんばったよ。
でもね、
うちの母はだめだった。
90歳まで元気なご婦人と。
もう下り坂を落ちていくしかない母と、
どこが違ったのかと思うときに、
ただひとつ。
本人自身が、体を動かして今を生きるということに
喜びを感じるかどうか、
それを実践するかどうか。
そのことだけにかかっていると思うのだ。
それは、その本人にしか得られない気づきであって、
家族であっても、それを感じさせてあげることはできない。
この本のご婦人のようになってほしくて、
私は努力してきたのだな。
そして、それが果たせなかったから、
こんなに空しいのだな。
ーそう思った。
なんだか、人生は悲しいにおいがする。
それは、人が老いるから。
そして、必ず死ぬから。
だれもが必ず死ぬけれど、
それまでは、楽しく生を謳歌していたい。
すくなくとも、
私はそのようなスタンスで生きて生きたいと、
思うだけだ。