こちらの記事の⬇️ 寺町コレクション
この文章に強く惹きつけられたので、
文字に起こしてみました⬇️
私の貝類コレクションについて
寺町昭文
御挨拶申します。御挨拶と申しても、別にとりたてて申上げるべきことは無く、何よりもここに展示された貝が私に代ってすべてを語ってくれていることと思います。
幼少の頃から、野や山の花に心からの憧れをもっていた私でした。偶然、海の土産にと母から与えられた浜の打上げ貝の一箱、これが異常に私の関心をひき、野山の花にも劣らぬ不思議な美しさえの愛着が、私の幼な心に芽生えた貝に対する関心の初めでしょう。
時は東京大震災の年、折から胸を病んで紀州塩津の海辺に療養の半年間、つれづれのままに浜の貝を漁ったのが貝の採集の始まりでした。浜といっても僅か半町位の狭い砂浜、嵐で打上げられたり、漁船の網からの落ちこぼれや付近の磯で集めた貝が300種余り、これが私の貝の採集の発端となり、翌年は紀州の湯崎、引続いて沖縄と私の本格的な貝の蒐集に踏み出し、爾来50余年、今に至った次第です。
思えば夢の内に生を受け、夢の内に消えて行くこの世の短い人生に、ふと迷い込んだ貝の道でした。見る程に捨て難い貝えの愛着に深入りすればする程、道は無限です。
色の美しさ、形の面白さから、果ては分類、生態、形態、種と種の関連の探求と、踏み込めば踏み込む程、限り無い貝の世界でした。貝と苦楽を共にした50年、貝の蒐集と採集を通じて知り得た人生の荒波、人の心の裏表、温情や理解、誤解の数々、これもすべて貝に終始した私にとっては、いずれも貝を通じてのことでした。
私のコレクション発足の最初の夢は、日本産貝類の完璧な蒐集、今にして思えば身の程知らぬ若気の野望、ようやく成し得たことは日本貝類の蒐集の骨格、それも至って不完全な骨格程度、お願いしたいのは、今後この骨格を基礎としての肉付けの蒐集と研究の継続です。
いかなる学問も数々の研究者の苦心の集積の上に成り立つもので、一代で止まればそのコレクションはすでに死物にも等しい。寺町の名は消えても新しい後継者の手に移り、取捨補充されていってこそ永久に生きるものと思います。従って、お願いしたいのは、寺町コレクションの名は今回限りにしていただいて、寺町の名に煩わされることなく、新しい名の下に新しい後継者の手によって、このコレクションの完成に向って努力していただき、寺町の名などは古い記録の片端に残れば充分と思います。
ものいわぬ貝を相手に黙々と50年、貝と同様、口下手な私、ましてやそれを文にすることおや……。この拙文をそえて御挨拶にかえます。

