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神様は乗り越えられる人に試練を与えるというけれど

だったらわたしはそんな力いらなかった。

元から強かったわけじゃなくて

今でも強いわけじゃなくて

ただ、強く見せているだけ。


人にかわいそうだとか言われたくないし、同情なんかいらない。


だけど

強く見せることと

弱音を吐かないことは

イコールではないことにも気付いた。



親友に会って転移のことを伝え

わたしより号泣する親友に

『わたしは大丈夫。負けない。』と言ったら

「ここのそういうとこだよ!」って言われた。


「弱音を吐いてもいいじゃん。

寄り添って手伝わせてよ。」って。


そっか。

そうなんだ。


弱音を吐いていいんだ。

怖いよ、助けてって言ってもいいんだ。

そう思ったら少し気持ちがすっとした。




最初の乳がんで

時間には限りがあるとわかったはずなのに

心のどこかで自分は大丈夫と思っていた

再発や転移の不安はもちろんあったけれど

どこか自分には重ねられなくて。



こうして転移を宣告されまず思ったのは

カラダは意外に元気だってこと。


動けるし食べられる。

仕事も普通にできる。


あとは心。


怖い気持ちにフタをして

見ないふりをした。

ネットで検索するには治療のことではなく楽しいことにした。



気持ちの整理なんかできなくてもいい。

少しくらいワガママでもいい。


なんでも100%でやりたいわたしに


乳がんになってもまだ一人でなんでもやろうとするわたしに

がんが教えてくれたこと。


がんになってわかったこと。

がんにならなかったらわからなかったこと。

まだ気づけていないこと。


わたしの最大の根っこって

なんでも100%でやろうとするとこ。

これだ。



今回のことで変わったことがある。

それは、病気のことを伝えてもいいかなって思えたこと。


もちろんわざわざ自分からどんどん言うわけではないし、誰でもってわけでもない。


心から信頼できる人には機会があれば打ち明けてもいいかなと思えるようになった。


これが今回の最大の変化。


そうは言っても性格ってなかなか変えるのは難しいから

せっかちなわたしは生き急いでしまうから

まずはゆっくりゆっくりを意識する。

100%じゃなくてもいっかを意識する。


弱い自分もできない自分も認めていきたい。

もっと穏やかに、緩やかに過ごして行きたい。