昨日の続き。
次に、実は躁極性障害や社会不安障害、コミュニケーション障害なんかで、現在ASD(アスペルガー)のようにみえる(表現型)かどうかってこともあるので、
子供の頃のエピソードなんかも。
と言いたいが、実は自分の小さい頃、特に乳幼児期なんかのエピソードはなんかあんまりない。
というのも、詳しい人が既に死去したからで…。
一応、過去の通信簿や祖父母から話を聞いてみた結果と、自身の記憶を頼りに書いてみる。
取りあえず、端から見るとやんちゃだった。
靴下や靴を履くのがなぜかイヤで、さらになぜか半袖半ズボンを気に入り、小学校の頃は一年中半袖半ズボンで学校にいっていた。
靴下が嫌いだったので、休み時間は裸足で校内を駆け回っていた。
また、小学校4年から、成績不振により、塾に通う。
それから、学校内では比較的大人しくなり、図書室にこもるか、本を読むようになる。
その頃から、友達が減り、仲の良い友達といえる人物は二人しかいなかった。
あとのクラスメートとは、なんだか上手く付き合えていなかった記憶しかない。
また、その頃ぐらいから、ストレスで、前髪を抜くことがあり、お腹が痛くなることもあった。
親指のおしゃぶりの癖も、小学校5,6年生まで続いていた。
なのに、なぜか通信簿ではほめ言葉しかなく、誰にでも公平で優しいとか書いてあり、首を傾げている。
まわりと少しちぐはぐなところがあったのか、特によく覚えてるのが、女の子のクラスメートをあだ名で呼んでかなりびっくりされたことがある。
みんながあだ名で呼ぶのでそう呼ばなきゃいけないのかな?と思って呼んだけど、凄く合理的説明をされ、だからびっくりしたんだよと諭された。あの同級生は元気だろうか…。
また、忘れ物がおおく整理整頓が苦手で(通信簿記載)、宿題がよくギリギリになっていて、特に期限がある図画工作の作品は仕上げるのが苦痛で、休み時間はよく図画工作の課題をしていた。
そんな小学校時代の印象なのだが、なぜか6年生の通信簿には、クラスのムードメーカーで、いつも笑っているとあって、正直よくわからない。
また、これは中学高校時代に発覚したのだが、たまに、貧乏ゆすりや、腰を左右にふって踊ってるようにみえるというようなことをしていて、よく変だよって言われていたのだけど、今考えると常同行動だったのかな?よくわからん。
あと、生傷が耐えなかった。
いつも膝か肘を、けがしていて、今でも傷跡がある。
当時は目が悪いからだと言われていたが、そんな2~3月に1回の割合で側溝に足が引っかかって転んだり、自転車で転倒したりするのかね…。
また、運動神経はわるく、未だに逆上がりができない。
クラスの空気というのに敏感で、1日でも休むと、クラスの空気がわからなくなって、学校にそのまま行きたくなくなるぐらい、すごくいやだった。
んで、その後、学校と言うものが辛くなり、中学から不登校になったのだが。
まぁ、しつけの結果、壊滅的に学校生活がおくれないわけじゃない、ただ、なんか合わなかったんだろう。
まぁ、そんなわけで、いじめも無いのに不登校な子供がいて、しかもそのまま引きこもるタイプは、尻たたいて学校にいかせて、理解者となる友達を用意したら、なんとかなる。
ただ、それは休んでたのが一週間以内な話で、それ以上になったら他の子供が気を使ってしまってそれで傷つくこともあるので、難しいね。