リハビリのとき男性の療法士さんに「母の日はした?」と訊くと「いえ」という
「電話も?」「はい、何も。ただ僕の奥さんには子供と一緒に花を添えて
お母さんありがとう」と言いました。なんだかおかしいでしょう〜。
「あのね、あなたの奥さんがあなたを産んで育ててくれたわけじゃない。あなた
を産んで育ててくれたお母さんに、ありがとう!の電話の一言でもしたら」
「でも、今までやったことがありませんので」「ならば、今年からやりなさい!」と言いました。

薔薇一輪それだけで知る幸せを
◎連載小説「蒼の記憶9」
みつきとは幼馴染だった。幼稚園の頃から気がつけば家族ぐるみのつきあいで、同年だった二人は中学も高校も一緒だったし大学に入る頃には結婚を強く意識していた俊太郎はみつきも当然同じ思いだとばかり思っていた。
そのことを母に話したときだ。
「みつきちゃんは本当に良い子よ。お母さんに異存はないわ。でもね、まだあなたは若い、あなたにその気があるのなら大学を出てみつきちゃんを養えるだけの自信をしっかりつけてからのことよ。結婚ってそういうことなのよ」
なるほど、と思った。ただ好きなだけで将来の道も決まってない俊太郎にとって母の言葉が最もだと腑に落ちた。だが、この母の提言を死ぬほど恨みに思った。俊太郎の勇み足に一本釘を打たれたことでどれほどの後悔をしたことだろう。母の提言を無視してみつきに結婚の約束さえしていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
法学部に入学した俊太郎には当初からの目的があった。学生の間に司法試験に合格することだ。みつきに誓ったのだ。学生のうちに猛勉強して司法試験に通ったら、卒業後は福岡で法曹に関わる仕事に就くと。
みつきは早くに父親が死んで母一人子一人の母子家庭だった。そのためにも福岡で就職し家庭を持つことが母思いのみつきへの最高のプレゼントだと思っていた。大学三年のとき大学でも異例の早さで司法試験に合格を果たしたのだ。
「俊君凄い! やったわね! 俊君のこと地元の新聞にも載ってるわよ」
受話器を通してみつきの興奮が伝わる。いつもの笑顔が電話越しに見えた気がした。あと一息だった。俊太郎は卒業を目前にして卒論のレポート提出に追われていた。がむしゃらに過ごした勉学一筋の日々もその先にみつきとの幸せが待っていると思えば少しも苦ではなかったが、戦い終えてほっとした一息ついたのは秋も暮れた頃だ。なんとか目処がつき正月には帰省したいと思っていたその矢先のことだ。修司から届いた封書を開いたとき俊太郎は愕然とした、というよりあまりの衝撃に眩む目で食い入るように文字を見つめた。嘘だ…。ありえない。二つ折りになった金縁の厚手の紙に書かれた内容は、修司とみつきの結婚報告だったのだ。