見るともなしにYOUTUBEを繰っていたら、私がupした懐かしい映像が出てきました。ハンク佐々木とマイケル石仏のライヴです。今はもう二人とも天国に行ってしまいました。カントリーを愛し、ハンクはアメリカのヒットチャートにも
20位まで登った経歴があります。もう彼らの演奏は聴けませんが私の脳裏にはしっかりと残っています。
晩秋はひしと思い出繰りたがる
◉連載小説「医と筆と」21
「私は亀吉がかわいくてならぬ。湊、いつの日かおまえの手であの子の右手を治すことは出来ぬものかと思うてな。まずは切れた神経をつなぐ。さすれば筋肉もおのずと着いては来ぬかとも思うが、それには麻酔薬(ますいくすり)の配合が一番の悩みであろうが、何分にも小さい子どもであるし、成功という確証が無ければ踏み切れぬことだ」
「それまでは、父上、何としても長生きしてくださいませ」
隣りで聞いていたさよが口を挿んできた。
「亀吉に手術を施すなど、それは断じてお止めくださいませ。あの子は自分の定めをあの小さな体でちゃんとわきまえておるのです。あなたさまの匙加減で麻酔薬にほんの少しでも狂いがあれば亀吉は二度と目覚めることはないのでしょう、万一のことがあればどうなさります」
さよの剣幕に二人の医者は思わず苦笑いを噛み殺した。
「やれやれ、そなたに掛かっては、これでも名医といわれておる私も湊も、もはや形無しじゃな」
さよは殊更に声を強くした。
「いいえ、そうではありません。私もあの子が普通の子ではないことは重々承知致しておりますが、あの子にはあの子にしか持ち合わせぬ役目を持ってこの世に産まれてきたのだとそう思えてなりません。亀吉は私たちのような俗世界には染まらぬ不思議な力を持ち合わせておるのです。お駒さんの気鬱もあの子のおかげでずいぶんと気持ちが上向いて、今では私どもが来るのを首を長くして待っておられると聞いております」
湊はさよや亀吉と同道してもお駒とは会わず、居間でお駒の両親と話をすることにしているのだが、さよが亀吉を伴いお駒のもとに通うようになり、ここ数ヶ月の回復ぶりを聞いてはいた。始めは買い物を装い始めたさよの見舞いも、お駒は背を向けたままだったがそんなお駒に躊躇いもなく近づき、何と亀吉は萎えた自分の右手を差し向け、思わずはっとするお駒につぶらな瞳でお駒の顔を覗き込むと、にこにこと笑ったのだという。
荒くれ男たちでさえも亀吉の無垢な笑顔には誰もがつい誘い込まれてしまう。つまらない意地や力みが肩から抜けて行くような気持ちになるのだ。お駒も同様であった。亀吉の笑顔に固く蓋をしたお駒の心がふっと和んだことをさよは敏感に察知したのだった。お駒は決して病ではない、故意に無反応を装っているのだと見抜くと時間をかけて少しずつお駒に近づいて行った。亀吉がただ、そこに居るだけでお駒の顔から険しい表情がだんだんと消えていくそんなある日、亀吉が庭先で描いた絵を差し出すとお駒の顔がぱっと華やぐのが見えた。お駒が初めて口を開いたのだ。
「亀吉、おまえは絵を描くのですね」
いつかはと、予期していた通りの成り行きであったとしてもさよは嬉しさで身が震える思いがした。お駒の顔に穏やかな微笑みが戻っている。
「これを私(わたくし)に」
こっくりと頷く亀吉の肩を細くしなやかな指で傍に引き寄せた。
「何を使って描いたのですか」
帯の間に挿んだ木の枝を取り出すとお駒のまえに差し出す。与吉が描きやすく尖らせてくれた枝先は紅花色に染まっている。お駒は小枝を手に取り暫く見ていたが亀吉に言った。
「実は私も手慰みに絵筆を握ったことがあります。でも、私はおまえよりずっと下手で、とうに止めてしまいました。亀吉、いいものをおまえにあげましょう」
お駒が取り出し畳に広げたものは画材であった。
「これは雄黄(ゆうおう)、弁柄(べんがら)、藍(あい)、洋紅(ようべに)、という色で、黄、赤茶、青、赤とそのままでも、また混ぜて好きな色を作ることもできるのです。絵皿に入れて、ほんの少し水に溶かし指の腹で優しく混ぜればいいのですよ。絵筆は細い物を描く線引き用と普通の絵筆もあります。どうかもらっておくれ」
いずれも子どもが遊びに使うには高価なものばかりであり、和紙も通常のものと土佐和紙をこよりで束ねたものもある。
「お駒さま、これは絵師が用うるもの、子どもの遊びものではございません、こんな貴重なものを」
慌てて断るさよの言葉を遮った。
「いえ、私にはもはや宝の持ち腐れです。ぜひとも、亀吉に使うて欲しいのです」
亀吉を覗き込む。
「使うてくれますか」
亀吉の黒眸に蛍が宿ったかのような煌めきを見た。
「は い、あ り が と う ご ざ い ま す」
ゆっくりと言葉を紡ぐ亀吉にお駒はさも嬉しそうにその頭を撫でた。