秋麗 | ryo's happy days

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思い切り人生を楽しむこと。これが全ての私。

今日は暑い。福岡は最高気温は27度というが体がついて行かぬようだ。
我が家からすぐ近くの最近開発された区画のイルミネーションが綺麗だと
いうので夕方から散歩がてら見にいこうと思う。博多駅前広場はクリスマスマーケットがオープンして賑やかなようだ。
 厚着したサンタのおじさん秋麗
連載小説「医と筆と」17
「岡本屋で今朝方、死人(しびと)が出ましてね」
「なんと、それは。詳しくお聞かせくださらぬか」
「はい、死んだのは花魁、藤の伊ですよ」
 藤の伊は岡本屋一のお職、即ち稼ぎ頭だったが四年前に瘡毒(そうどく)に侵され、今回二十(はたち)を過ぎての再発は三度目であり、もはや容易ならぬものであった。体中の粘膜が溶け出し排便排尿は地獄の苦しみで、口や鼻から流れ出る汁は異様な臭いを放っており、陽も差し込まぬ鳥屋(とや)に入れられ三週間余りが経つ。今まさに、その藤の伊のもとに向かおうとしていたところだったのだ。女将(おかみ)は見切りをつけて養生施設に送り込もうとしていたが、養生施設とは名ばかり、そこから帰る女はほとんどおらず、ただ死を待つだけの場所といっても過言ではない。無論、藤の伊の病状は重篤でもはや回復の見込みはないと湊も重々承知ではあったが万が一の回復を見込んで強く引き止めていたのである。それだけに動揺は隠しきれない。
「腰紐で首を吊ったんでございますよ」
「ということは自死でしょうか」
「間違いございません。不審な点はなく明らかに自分でやったことでしたので、先生のお手を煩わすこともないだろうと、女将がいっときも早く投げ込み寺にというのを、今まで先生が診たてておられてということを聞きましてね、引き止めておりました」
「しかし、どういう状況だったのです。岸田様は詳しくご存知なのですか」
「はい、私がこの目でしかと見定めました。厠で柱の杭に己れの腰紐を掛け首を吊ったのです、それも糞便の中に顔を突っ込んで逆さ吊りになってましてね。喉の中まで汚物が詰まっており、それは酷い臭いでこれじゃぁ、客商売にもかかわるということで裏の納屋に移されてあります。厠の外には女中がついておりやしたが、花魁があまりの苦しみようで、この世のものとも思えぬような呻き声だったそうで、恐ろしくなり耳を塞いで踞ってたら、そのままうとうととしてしまったそうで」
 二人は走るように道を急いだ。岡本屋は本通りの中頃から左に折れた場所にあり、まだ、人気のない張店格子の前から奥へと入ると、案内(あない)を乞う間もなく女将が出てきた。鳥屋は既に開け放されて、藤の伊は与衛門が話した通り、裏小屋の筵の上に寝かされていた。あまりのむごたらしさに誰一人手を触れるものもなく、顔に掛けた白い布には汚物の色が滲み出て異様な臭いが立ちこめている。
「私が養生施設にと言うのを、先生が一日延ばしに引き止めなさるから、うちはとんだ災難ですよ。店中に臭いが滲み込んで今日は商売になりません、どうしてくれるんです」
 岡本屋一のお職を張っていた頃はあれほど大切にしておきながら、まるで掌を返す怒気を含んだ女将の非道さに堪えきれぬ怒りがこみ上げる。花魁道中の藤の伊の、まだ幼さを残した稀に見る美しさを思い出していた。
「女将、手拭と手桶をお借りします」
 湊の言葉に吉乃が後から言葉を添えた。
「藤の伊の櫛や化粧道具、それから一番きれいな着物を出してくださいませ」
 鼻や口を抑え遠巻きに見る連中を無視したまま、手桶の水を何度も替えては丁寧に顔と髪を洗い流すと、目元にうっすらと化粧を施した。透けた地肌にまばらに残る髪を丁寧に梳いてやり簪で留める。まだ十四の頃、女衒に連れられてきたときに身につけていたものだ。それは母の形見であり藤の伊がなによりその簪を大事にしていたことを吉乃は知っていた。新しい手拭で崩れた口元を隠すと目元は美しい形のままうっすらと瞼を閉じ、少しばかり見える眼(まなこ)はまるでうつつの世界を彷徨うかのように何かをじっと見つめている。緋色の長襦袢の上に綸子に金糸銀糸が縫い込まれた打ち掛けを掛けてやると、藤の伊の最期の出番かのように男衆の手で大八車に乗せられた。
「藤の伊」
 大きな声が掛かった。女子どものすすり泣く声が遠い波の音のように煩い蝉の鳴き声の隙間に漂う。女将の恨みつらみは裏を返せば藤の伊を失った悲しみでもあったのだろう、地面に踞り肩を震わせているのが見えた。誰ともなく両手を合わせ、それは藤の伊の最期の花道のようにも見えた。