秋暑し | ryo's happy days

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思い切り人生を楽しむこと。これが全ての私。

リハビリの日です。昨日ダンスでいつもよりずいぶん立っている時間が増えた
と感じて嬉しかった。でも今朝起きると、足ばりばり。リハビリがんばろっと!なんだか最近楽しい!
 トレーナー着たり脱いだり秋暑し
連載小説「代わり筆・上」最終回
「つきぬおもいをひとしれずうすくれないのはまゆうのはな」
 吉乃が声にして詠むと、左衛門は堪えきれず流す涙を懐の懐紙を出して拭う。
「はまゆうは白い花を咲かせるものでございますが、私の知るところのはまゆうは私の腕の中でうすくれないに染まるのでございます。私がはまゆうにそう申した言葉です」
 吉乃ははまゆうの部屋に入ったときの伽羅香木の香りを思い出していた。
「左衛門さま、私が代書を頼まれたときのはまゆうさんのことをお話申します。はまゆうさんは左衛門さまのことを心からお慕いされていたのでしょう。見つかればきついお仕置きを覚悟でこの文の代書を私に頼まれたのです。私にはそれが痛いほど分りました。はまゆうさんはこうして私に手を合わせ、目を瞑ってくんなまし、と」
 左衛門は何度も懐紙を目にあて納得がいったようだった。吉乃の前に手をつき頭を下げた。
「これで私もやっとはまゆうへの想いも諦めがつくというものです。どう転んだところで身請け金の千五百両が私に出来るものではございませんでした。ですが、何とか金子の都合が付くまで待っていて欲しいと願っていたのでございます。ですがその思いは叶わず、はまゆうの心変わりかと悶々といたしておりました。今、はまゆうの気持ちが本物だと知り腑に落ちてございます」
 今まで黙って聞いていた湊が口を開いた。
「左衛門殿、私の知るところでは、はまゆうさんは花魁の間でも羨むほどの身請け話だったようですよ。今はいずこで暮らしておられるかは知りませんがきっと幸せになっておられると思うております」
「はまゆうは幸せなのですね」
 まだ涙に濡れてはいたが、もはや彷徨うような目の動きは消え、冴え冴えとしていた。

 二人の足下を提灯の仄明るさが輪を描いてついてくる。提灯には、ちどり、と黒々とした文字が入っていた。堀端の柳が闇を抜いては揺れているがそのわりには大した寒さでもない。刻を報せる鐘が静かに響いてきた。
「五つ(夜七時過ぎ)でしょうか」
 肩半分ほど先を行く湊が吉乃を振り向いた。
「そのようですね。話はさほどは掛かりませんでしたが、やはり私が同道してよかった、軒行燈で少しは明るいが女子一人では心もとなかったようです」
 吉乃は湊に歩調を合わせるように足を早めた。
「しかし、いいことをされましたな」
 雲が晴れてこぼれる月明かりに、振り向いた湊と目があった。
「何のことでしょう」
「文のことですよ。吉乃さんが代書されたおかげで、文は日の目を見たかも知れません」
「そうでしょうか」
「私はそう思います。吉乃さんのあの流麗な文字でこそあの文も生きたのですよ。文字の隅々まで女子の気持ちが入っておりました。吉乃さんは実にいい仕事をしておられます。人を助ける仕事です」
「それは、湊さまではないですか。湊さまこそどれほどの人の命を救われたか」
「そうですね、確かに私は人の命を救うこともあります。しかし、吉乃さんは人の心を救うておられるのです。しかも私の助手としてもなくてはならぬお人です」
 吉乃の心に思いもかけず父淳之介が浮かび上がっていた。
「それを申されるなら、私は幼いころより手ほどきを受けた父に感謝をせねばなりません。そして今は湊さまのお傍で学ばせていただいていることが私の幸せにございます」
 見合わせた目がお互いの心を確かめあうようで目を伏せた。

 朝から長屋中がまるで正月がきたように浮き足だっている。吉乃が湊のもとに輿入れをすると決まって、やっとその朝がやってきたのだ。
 腰高障子が開いて白無垢姿の吉乃がおみつに付き添われて出てきたとき、辺りの空気が震えるほどのどよめきが起こった。紋付姿の矢兵衛は流れる涙を拭うことさえ忘れている。
「まぁ、何ときれいな」
 白無垢はさよが大先生のもとに輿入れをされたときに召されたものだった。
「おめぇ、いいのかよ。このまま吉乃ちゃんを若先生に盗られて」
 辰三が由蔵に囁いたが、見惚れて耳には届かぬといったふうだ。矢兵衛に手をとられ歩く花嫁の後ろにきよみ長屋の面々がぞろぞろとついて行列は堀端を歩く。
 川風は柳を揺らし、川面を行き交う猪牙舟もまるで祝い舟のようにゆっくりとついてくる。
 花嫁さんだ、花嫁さんだぁ、口々に囃しながら行列の後に先にとこどもたちの駈けて行く姿が綿帽子に隠れた吉乃のうれし涙に濡れる目の傍をよぎっていた。