秋晴れが戻ってきた。今日は早起き。早朝から病院に行くことになっている。
行きがけはタクシーで帰宅はバスで博多駅まで。
友人と待ち合わせてランチの予定。久しぶりの街だ。いく先々の椅子を確かめて
休憩しながら歩く予定。
 窓開けて風の教ゆる秋真中
連載小説「代わり筆・上」16
 残り物だけれど病人の滋養になるからと、ともよが割烹から持ち帰った鰻の肝を煎じて飲ませた後、少し眠気が射した父の看病をおせいに頼み薬を取りに出かけた。
 急ぎ足で診療所の門内に駆け込んだ吉乃は玄関前で見知らぬ若い男と出会いがしらにぶつかろうとした。男は竹箒を手に咲き乱れる山茶花を見上げていたようで、思わず目が合った。前髪を後ろに撫で付け、後ろで一つに束ねている髪の形は順庵先生以外に見たことはない。一目で医学に携わる人だと分る。その額にいかにも利発な輝きがあった。
 若者は吉乃を見て少し会釈をした。吉乃も慌てて腰を落とす。
「あの」
 吉乃の様子をいち早く見て取ったようで男が言った。
「お身内に御病人が出たのですか。申し遅れました。里見順庵の嫡男で湊(みなと)と申します。すぐに取り次ぎを致しましょう」
 何かしら吉乃の心に温かな風が舞い込んだようであった。寺子屋では子どもたちに囲まれ、長屋でも男たちの軽口など気軽に受け流すことができる吉乃だが、今まで会ったこともない類いの総髪の若者に少し言葉を選びながらもはきはきと言葉を交わした。
「私は吉乃と申します。順庵先生には父がお世話になっておりますが、今日は父の薬をいただきにまいりました」
 二人のやりとりが聞こえていたのか、順庵の妻のさよが出てきた。吉乃は慌てて居ずまいを正す。
「さよ様、おはようございます」
「吉乃さん、丁度ようございました。湊が長崎から帰ってきたならば、吉乃さんに、是非会っていただこうと思うておりましたが、その手間もなかったようですね」
 さよの晴れやかな声にその場が明るく和む。
「湊は八年もの間、長崎に行ったきりで、もしやあちらで好きな女子(おなご)でもできたのでは、とやきもきしておりましたが、三十路を一つ手前にしてやっと帰ってきてくれました」
 笑うとさよに似て優しくなる湊の目元をそっと見上げた。
「母上の案じるようなことは何もありません。私は医学を学ぶために行ったのですから女子とは関わり合う暇もありませんでした」
 まぁ、と口に手を当て笑う様は、日頃、先生の助手を勤める凛とした姿とは異なり、いかにも息子の帰りを待ちわびた慈愛に満ちた母の姿である。