湿度70%。いつまで経っても明けないような暗い日だ。未だ眠気が取れない。
今日は一日家と決めて、書きかけの小説に手を加えたり、あとは読書しながら
ベッドの中でグダグダしていよう。なんともやる気の出ない暗い日。

こおろぎの声聴くこともなし街寂し
◉連載小説「代わり筆・上」15
父の看病をしながら、たまに文字の書けぬ人の頼みを受けて代書の仕事をしては幾ばくかの謝礼をもらったところですぐに底をついてしまう。医者の往診代にも困窮しているそんな吉乃のもとに、順庵は数日をおかずやって来ては淳之介の脈をとり事細かに薬を処方する。そんな順庵に吉乃は手をつき深々と頭を下げた。
「先生、いつか、必ずお支払いはさせていただきますが、今は往診代も薬礼にもこと欠いております。先生にお縋りするよりほかどうにもならないのでございます」
順庵はねぎらうように言葉を返す。
「いや、なに、お父上はこの町になくてはならぬ大事なお人、お助けするのが私の仕事なればご心配には及びません」
順庵はもとは淳之介と同じく武士であったが刀を棄て医学の道に進んだと聞いている。同じような道を選んだ淳之介を気遣い、何かと理由をつけては様子を見に来てくれるのだった。
しかし病魔は手加減なしに淳之介に襲いかかる。容態は加速をつけて悪化し、本来ならば二日分として持ち帰る薬は一日と持たぬまでになっていった。
夜更けての寒さは痛みをつのらせ淳之介の眠りを妨げる。見かねておみつが貸してくれた夜着を重ねて素焼きの丸火鉢に火を熾すと湯を湧かして暖を摂る。それでも高い熱に浮かされ脂汗を流す父につきっきりの看病であった。