コーラスのクリスマス | ryo's happy days

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思い切り人生を楽しむこと。これが全ての私。

今年最後のコーラスはクリスマスでした。クリスマスソングばかりを歌って
締めくくりました。今年も余すところあと8日。師走の楽しさも満喫したい
もにです。昔の生徒さんから毎年お花が届きます。今年もやってきました。
 コーラスの歌いおさめのクリスマス。
連載小説「虹の輪」37
 曾さんが静寂に波紋を揺らした。
「木苺がな」
「…」
「あれっきりなんだ。まるで時が止まったみたいにさ」
「…」
「あんたにしかできないことだ。あの木苺に肥えを施し剪定して手間ひま掛けたのはおまえさんじゃないか、今は葉ばかり繁ってしまったが、また、昔のように赤い実が成るようにしてくれないか」
 弱々しい友爺の声はそれでも一筋の喜びに潤って聞こえた。
「ありがたい申し出ですが、私にはもうその余力はなさそうですよ」
 曾さんの言葉はまるで自分に言い聞かせているかのようだ。
「ずいぶん時間が掛かったが最終電車になんとか飛び乗れたようだよ。なんとか人生の黄昏どきを味わうことができそうだ。吉岡、私と人生の黄昏をみよう。私はあんたより四つも若いってことすっかり忘れていた、恥ずかしいよ」

 参考書を探しに出かけた天神の本屋でばったり陽さんに会った。陽さんの手には余り縁がなさそうな宗教学の本がある。メモ紙をウエストポーチにしまいながら言った。
「吉岡さんの頼まれものよ」
 会計を済ませて本屋に隣接した珈琲店に入り、一番気になっていたことを訊いた。
「友爺は大丈夫ですか」
「うん、今のところ小康状態やね。気分がいいときは土いじりなんかしてるよ」
 あれから曾さんの頼みで友爺を総合病院に連れて行ったが、病名は「老人性再生不良性貧血」懸念した通りの病名がついた、だが、なんと治療を拒否して退院してしまったのだ。
「岡田薬局ね」
「えっ」
「ほら、漢方医で民生委員の岡田さんよ、空港通りに店を持ってる」
 友爺が自転車で転倒したとき世話をかけた人だ。
「はい、はい」
「俺が相談に行ったんだ」
「そうだったんですか」
「それはもう、よくしてくれてね、ステロイドに値する漢方薬があってそれが、吉岡さんによく効いたのよ」
「よかった!」
「最近は顔色もいいし、青痣も減ったらしい」
「完治ですか?」
「いや、それはないと思うけど、ぼちぼち病気と付き合いながら老後が過ごせたらいいんじゃない、曾さんと仲良くやってるよ」
「本当によかった、陽さんのおかげですね」
「いやいや、曾さんの言葉で生きる意欲が持てたことが一番だと思うよ」
 あのとき、曾さんが友爺の手を強く握って言った言葉は俺も忘れることはない。
 二人で人生の黄昏をゆっくりと生きよう。友爺の抱えた重荷の全てを溶かす言葉だったと思う。
 ずっと気になっていたことを訊いた。
「あのとき、曾さんの気持ちを動かしたのは陽さんですよね。俺にはできないことでした」
 陽さんがニヤリと笑う。
「ああ、あれは予想外の展開だったな。俺はさ、社長に訊かれたことを喋っただけのことなんだ。吉岡さんの病気のこと訊かれてね、今は、勝呂裕太という、公園で出会った行きずりの浪人中の青年が、勉強の傍ら泊まり込みで吉岡さんの面倒をみているという話をさ、そしたら、暫く黙り込んでいた社長が重たい腰をあげたのよ。前途ある若者を三浪させるわけはいかんなって、ぼそっと言ったのさ」

 天神から西へ向かうバスの窓いっぱいに映る川面に御笠川を思い出していた。友爺と自転車を走らせた晩秋の頃、落ちかかった陽射しに友爺の白髪混じりの髭が光っていたっけ。アパートを大学近くに替えてから友爺とも会っていない。夏になるまえに曾さんの家に出向くつもりだ。木苺の花が咲く頃には。                              了
 読んでいただきましてありがとうございました。