物忘れ | ryo's happy days

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思い切り人生を楽しむこと。これが全ての私。

えっと、昨日は何した?食べたものは結構覚えているけどいつもカレンダーを
見ないと分からない。そうだ。年賀状を書いたんだった。100枚以上あった年賀状を廃止して今は親戚、恩師にだけに絞ったから、たった17枚。それでも肩バリバリになった。画像はおとといの博多駅前広場の続き。見惚れる私。
 賑やかな場所こそ冬は物寂し
連載小説「虹の輪」19
「しかし、社長んとこの冷蔵庫はキンキンに冷えとって、ビールは切らしたことがないとみえる。おそらく年金はほとんどビールで消えとるよ。酒屋がサービスでくれたけど飲まんから持って行けって言うけん貰うてきたやね」
 片手に持った缶珈琲は2缶、冷気に濡れて陽さんの指から雫が2〜3滴続けて落ちた。
 じっとしていても汗が噴き出てくる暑さになった。真夏へと一直線に突入した空には見事な入道雲がくっきりとした曲線を描いて横たわっている。俺たちは裏庭の大きな栴檀の木に少し日陰の涼を見つけて、手入れされていない庭石に座り缶珈琲を飲んだ。
 それこそキンキンに冷えた珈琲がほどよい甘みを伴って喉元を通り過ぎる。
「陽さんは曾さんとはつきあいは長いんですか」
「社長?」
「曾太郎さんのこと、陽さんはいつも社長って呼びますよね」
「まぁ、元、社長やけんな、かれこれ20年以上は昔の話よ、俺が社長の会社に世話になった頃がね。まぁ、社長も45〜6だかの全盛期の頃やな。きれいな奥さんとかわいい娘と、それに吉岡さんとで和気あいあいの、いい時代よ。俺が営業の手が欲しいということで中途採用で世話になったのはあしかけ五年ちょっとくらいかな、その頃はまだ35やったもんねぇ、俺もまだ若かった。小規模ながら、活気もあるし、給料も遅れることもないし、何より社長の奥さんの鈴代さんは気が利く人で、毎週土曜日の昼飯は、工房の奥の母屋で奥さんの手料理やった。俺は営業に出とっても、土曜日は一目散に会社に帰りよったもんね。旨かったよ、あの当時、ビーフストロガノフやらムニエルやら、田舎もんの俺は生まれて初めて聞く名前よ。おふくろの煮物ばっかりの醤油で煮染めた茶色いおかずしか知らん俺としてはこれ以上の幸せはなかったねぇ、鈴代さんのおかげで土曜日が待ち遠しかったもんね」