またまた緊急事態宣言 | ryo's happy days

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思い切り人生を楽しむこと。これが全ての私。

緊急事態宣言で閑散とした小さな喫茶店でハヤシライスを食べました。
私と友人だけ、誰もお客がいない、緊急事態宣言下のささやかな楽しみでした。
 帰るなり風呂で清むる宣言下
連載小説「みつさんお手をどうぞ」34
 月曜日、俺がみつさんのところに行ったとき、ナースステーションの中で車椅子に乗せられたみつさんを見つけた。小柄なみつさんが見慣れない花柄のパジャマを来て机の前にちょこんと座り紅茶をよばれている。
「あれ、おふくろ、どうしてここに?」
 師長さんが笑って答えた。
「みつさんがあんまり仕事熱心やから。ね、みつさん」
 みつさんは小さな掌をおちょぼ口にあてて、恥ずかしそうにふふふっと笑う。
「ナースステーションの電話が鳴るたびに、帳場の電話ば取って! ってみつさんが八尋さんに命令するもんねぇ」
「おかみさん、申し訳ありまっせん、私の教育が行き届きませんで…」
「よかとよ。みつさんは気にせんでも、けど、八尋さんは病気だから、少しは加減してあげんと」
「ほうぅ、そうですな」
 みつさんの返事は的を得ているようで、目は虚ろだった。 
 師長さんが、俺に笑いかけた。
「というようなわけで、息子さん、みつさんをナースステーションに捕縛しておりました」
 温かい紅茶を飲んで、睡魔がきたのか、うとうととし始めたみつさんの車椅子を押して病室へ戻るときヘルパーさんに呼び止められた。
「あら、藤堂君、預かりものがあるとよ」
「えっ、何ですか?」
「昨日、みつさんの息子さんが珍しく奥さんと見えてね」
 ヘルパーさんに渡された手芸店のネーム入りの袋には色とりどりの毛糸玉が入っていた。
「みつさんたら、もう酷いよね、藤堂君とだったら、あんなに嬉しそうに編み物するのに、息子さんにはけんもほろろよ」
「そうだったですか…。じゃぁ新しいパジャマも?」
「そうなのよ、みつさんたら入浴して病室に帰ったら息子さん夫婦がおられたもんで、これはこれは、とか言いながら珍しく素直に、お嫁さんから、あっぱいパジャマ着せてもろうてさ、そこまでは良かったったいね」
 ヘルパーさんの話によれば、パジャマはいたく気に入って、お嫁さんが介添えして着せてやると、小唄なんぞ口ずさんでいたらしい。
「たまたま私が部屋に入ったときだったから、その場に居合わせてて気の毒になったわぁ。機嫌がいいお母さん見て、息子さんも嬉しそうにしてさ、ばってん、その後が悪か。みつさんたら、せっかく、木元さんが持ってきた毛糸玉を見て、こりゃ、何ですな? げな。けんもほろろ。受取りもしないんよ」
 その日のできごとが見えるようだった。
「みつさん、こう言ったのよ。それから、八尋さんに向かって、ほら、あんた、お客さんのお帰りばい! ちゃんと粗相のないごとお見送りして! げな」
 木元さんの悲しそうな顔が浮かんで消えた。
「おふくろは惚けてるということは百も承知やけど、傷つくよ」
 そんな声が聴こえた気がした。