1歩外に出れば溶けそうに暑い。昨日の夜、オリンピックで「空手の型」を
見て美しい!と感嘆した。どれも極めたものは素晴らしい。

祭りなき博多の街のもの寂し
◉連載小説「みつさんお手をどうぞ」21
その頃は腰痛もすっかり治り、心臓発作も安定していることから、みつさんは椎木病院から棟続きのつるばみ荘に引っ越していた。部屋はやはり四人部屋で、ドアから入ってすぐの左のベッドは、八十九歳の、日がな一日眠ってばかりいる安西さんでカーテンがほとんど閉ざされたままだ。右手に、しょっちゅう娘さんが面会に来る八十二歳の斉藤さん、窓際の右は七十九歳で一番元気だけれど、かなりとんちんかんの八尋さん、そして左の窓際が八十一歳のみつさんだった。四人のおばあちゃんは、比較的認知症の症状も安定しているようで、人様に危害や迷惑をかけることもない。ただ、みつさんは八尋さんをたまに仲居時代の後輩と間違えて、ちいさなトラブルを起こすことがあった。みつさんにとって仕事は天職だったのかも知れない。もう一人では歩くこともできないというのに、未だに仕事をしている気配を見せる。ときおり仲居頭をしていた頃を思い出すようで、俺が顔を出すとたまに客と間違えたりすることがある。これはこれは、いつもありがとうございます。まぁ、今日はすてきなお召し物で。などと、そんなおべっかを言う。そしてベッドの上から八尋さんに向かって手招きをすると、ほら、あんた、さっさと動きんしゃい! はよ、お客さんばお部屋にご案内して! などと言うもので、八尋さんはわけがわからなくなり、面食らって一騒ぎになったりした。こうして数ヶ月を過ごすうち、俺はこの仕事というよりみつさんに、親子の愛情とまではいかないが、かなりの情みたいなものが湧いていることに気付いていた。始めのうちは、どう相づちを打つかのタイミングさえ苦労しながら、いったい、今は正気なのか惚けてるかの境目も分からず戸惑ったものだが、最近は、いったい今日はどんなボールを投げてくるだろう…。そんなことが楽しみにも思えてくるようになっていた。