今朝は起きてからも頭があがらないしなんともしんどい。クーラーに浸りきって
いるのも健康に悪いけど、たまに換気しても30分もすれば熱風なので我慢できない。ウオーキングも怠けてお休みした。夕方辺りステップ台を踏もう。

向日葵は今このときと輝ける
◉連載小説「みつさんお手をどうぞ」19
「おふくろがもともと寝たきりのきっかけになったんは階段から落ちて右腕と腰を折ったんが原因やった。まぁ、家内に言わせると、その前からじわっと惚けてきよったらしいけど俺は全く分からんかったんよね。入院してから、何度か家に帰る言うて暴れたとかで、精神安定剤やら睡眠薬やら飲まされたんが原因と、俺は睨んどるけど、急激に惚けが来てねぇ。ある日、突然、俺を見て、あんた、誰? とこういう具合になってしもうてさぁ、家内に至っては、枕の下に隠しておったへそくりを盗った、と思い込まれて、頭から泥棒扱いやけん、家内もへそ曲げて、おふくろのことは、一切、ノータッチなんや。けど、惚けてからよね、嫁とはうまくいかんし憎たれ口ばっかり叩いて、手を焼くことばかりやったあの気丈なおふくろが、ときどき、ぽろっと泣かせるようなことを言うようになったんは」
木元さんから初めて聞いた家庭の内情だった。
「あっ、そうだ、木元さんの奥さんの名前、ひょっとして、みえこさんじゃ…」
「おう、そうよ」
「やっぱり!」
「何で?」
「みつさんが、昼ご飯に出たおでん食べながら、こげぇなとはおでんじゃなか、何て言うたっちゃ、うちのみえこの造ったおでんが天下一品ばいって、ぽろっと」
「へぇ、おふくろがそんなことを言ってたの。嫁は泥棒よばわりされてから、つむじまげて病院にはめったに行かんようになってしもうたけど、俺が行く日には、必ず、おふくろの好きそうな物見繕って、俺に持たせるような優しいとこもあるんよね」
「多分、みつさんは何もかも忘れているようであって、ふっと断片的にでも思い出されるんじゃないでしょうか。腕にはめてる、お数珠とかも、よく、指で触ってじっと見つめてあったり、そんな様子を見てると、これは、みつさんの心の中で大切な物としてインプットされてるんだなぁと感じます」
「ああ、あの数珠はな、おふくろの頭が惚け出した頃、おふくろの惚けが治るように嫁がどこからかの霊験あらたかな霊能師に祈祷してもらって作ったとかで、まぁ、その割にご利益はないようやけど」
「みつさん、かたときも腕から外しませんよ。きっと、お嫁さんのことは、心の中では一目置いておられるのじゃないかな、と思います」
「そうなんかぁ、いや、そのことは嫁に話したら、泣き出すかも知れんよ。何と言っても嫁姑で喧嘩しながら何十年も付き合うた仲やけんねぇ」
「俺、つくづくと思いました。俺にはもう親はいません。最近、こうしてみつさんの付き添いをするようになってから、芯から身に滲みてます。孝行するとき親はなしって諺、身を以て知りました。生意気言うようだけど、木元さんにはまだ親孝行できる時間が残されてて羨ましいです」
「そうやな、藤堂君からしたら俺は幸せなんかも知れん。でもね、君も承知のように、俺のことはここ半年近く、全く息子とは分からないんだよな。惚けるって残酷なことやな…。おふくろには期待しないと思いながらも、いつか俺を息子として認めてくれるかと、まるで返事のないラブレターを待つがごとくにさ、こういう状態ってかなり辛いんだよ。実はね、全く、俺が分からんようになってしもうて諦めかけた頃、たった一度だけ、おふくろが正気に返りかけたことがあるんや。俺をじっと見てな、浩志…、おまえ…、と言いかけて、ぷつっと、また、あらぬ世界に行きよったんや。しっかりした口調やった。俺はそのことが忘れられん。あのとき、おふくろは俺に何を言いたかったのかと思うてね。それからは、また、いつか、おふくろは戻って来るような気がして待ち続けてたんや、求めても報われずともさ、そんな日々をひたすらね」