昨夜は寝付かれず誘眠剤を少し増やした。コロナが落ち着き、その先に
見えるもの、その楽しみに夢が膨れてしまって一人でウキウキしている自分。
自分がんばれ!人生なにがあるかわからない!
  新緑に埋没させたし何もかも
連載小説「夏蕨」完
 何度か電話も掛かってきたけど無視した。道筋で車を停め待ち伏せている栗山さんに気付いて別の道を迂回して家に逃げ込んだ。弁解は聞きたくなかった。栗山さんが紀伊子を好きだという気持ちは真実かも知れない。砥部さんに聞くまで紀伊子は栗山さんの話を信じ込んでいた。
「おふくろが施設にいてさ」
 認知症が進んでいると聞いて同情していたのだった。
 砥部さんの話によれば栗山さんは愛妻家でとてもよく奥さんの面倒を看ているそうだ。奥さんはご主人のことはなんとか分かるようで、栗山さんは毎週一度は必ず奥さんのところに来て本を読んであげたり、昔話をしたりしては、半日を過ごして行くという。
 出会った頃、栗山さんが図書館で借りていた宮沢賢治の絵本を思い出していた。
 施設でも評判のおしどり夫婦だと聞いて、紀伊子の胸はきりきりと傷んだ。
 何も知らずに栗山さんと過ごした日々を思い出すたびミツキさんへの罪の意識と後悔に苛まれた。
 なんて馬鹿な私…。

 あれからたまるには行っていない。
 砥部さんの話では、ミツキさんを訪問する栗山さんの回数が増えたということ。
 紀伊子の心に少しだけ温もりが灯った。(完)