マンションでは思ったように練習ができずフラストレーションが溜まっていました。この齢まできて、やはり心残りのないように、存分にピアノが弾きたいと、アコースティックなハンマーと電子ピアノを兼ね備えたピアノに買い換えました。今までありがとう!古いピアノ。

ありがとう馴染みしピアノ梅雨曇り
◉連載小説「夏蕨4」
早朝、出勤をしようと玄関を出ると砥部さんの奥さんに出くわした。
砥部さんの家は狭い道を挿んだ紀伊子の家の真向かいで、奥さんは紀伊子と同じ齢だし何かと話しかけてくるが悪い人ではない。
「おはよう、今からお仕事? 今夜は雨らしいから傘を持って行ったほうがいいわよ」
「はい、折りたたみ持ってます」
ありきたりの挨拶を交わすと、砥部さんの奥さんが言った。
「ところで真鍋さん、最近、牛乳は止めたみたいね」
「えっ…」
「だって、以前は起きるとまずは牛乳、取り込んでらしたけど、最近は牛乳屋さんも来てないみたいだし」
驚いた。見られている。そう言えば、最近、勤務先の病院を変えたときも言われた。
「真鍋さん、お仕事先、替わったの?」
「はぁ、でも、なぜ?」
「だって、以前は出勤の時間が決まってたのに、最近、遅かったり早かったりまちまちだもん。ほら、お宅の玄関、鈴が着いたお守りのお札下げてるでしょう、結構響くのよ。だから仕事替わったのかな、なんて…」
鋭い観察力に怖くなった。紀伊子がたまに呑んで帰ることも、もしかしたら、砥部さんは知ってるかもしれない。
それに、たまに栗山さんが泊って行くことだってお見通しかも…。