リビングの片隅の大きなエバーフレッシュの葉が重たい空気に圧倒されたように眠りのポーズを取って項垂れている。居間は言いようのない圧迫感で黙って座っているだけでも背中が石でも乗せたように固まってくるようだ。リビングのテーブルを挟んで窓を背にグレーのトレーナー姿の里沙が、そして向かい合ってカナエがいた。佐知子はカウンターキッチンに立って聞き耳を立てながらゆっくりとお茶を淹れている。カナエは里沙を刺激しないように声を落として話をする。
「私もね、離婚して独りで子どもを育てたシングルマザーなんよ。あんたのおばあちゃんの佐知子さんもそうだけど、でもそれは本当に大変なことなんよね。だから里沙ちゃんのことは他人事ではないとよ。里沙ちゃん、ここは嫌でも大人の意見ば聞かないかんよ。とにかくこんな大事なことは大人の意見も聞いて乗り切らんといかん! 前向きに真剣に話そうよ」
柔らかい口調でカナエは切り出したが「それが何」とでも言いたげに里沙の眉がぴくりと動いた。
「子どもは産んで独りで育てて見せるって里沙ちゃんは言ってるけど、その覚悟は立派よ。でも、はっきり言うけどそれは無理。まずお金はどうするの」
「借りる」
「誰に」
「…」
「お腹に子どもがいるんでしょ。一人前の大人として誰の手も借りず里沙ちゃんは一人で子どもを育てる。覚悟だけは立派よ。でも現実がそこまで甘いかと言えば大違い。仮にお金は借りるとしても、どこに住むの? 働くにも就職だってそんなに甘くないのよ。それに、これはおばちゃんの経験から言わせてもらうけど、長い子育ての間には言いたくないけど必ず「父親」という存在にぶつかる時があるんよ。ここというときに父親の出番が必ず出てくる、嫌でもそれはある。だから、お腹の赤ちゃんの父親の名前だけは教えてちょうだい。それはこれから生まれてくる赤ちゃんに対して母親としての義務なんだから」