俺はつくづくとカナエの強さには敬服している。恭一はふうっとため息をついてテレビを消した。いきなりの静寂を縫うように隣の家の赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。隣の娘が二度目の出産で里帰りしていたことは知っていたが、もう産まれたのか、泣き声を取り巻くように楽しそうにさざめく大人の声もとぎれ途切れに聞こえてくる。これが一家の団欒というものだろう。
子どもに恵まれなかった恭一の胸に三年前に逝ってしまった妻の声が聞こえてきた。
「子ども、産めなくてごめんなさいね」
そのとき、恭一は妻の顔も見ず、何ら優しい言葉の一つも返してやらなかった。
…子ども出来なくてごめんなさいね…。
だが、あのときつぶやいた妻の声音は今も耳の奥にしっかりと残っている。子どもが出来なかった原因が自分にあることは生涯の引け目だったのだろう。
無言の恭一を残して諦めたようにリビングを出て行く妻を、今更…と冷たくあしらったその翌日、妻は倒れたのだ。妻を亡くして初めてその存在の大きさに気づいた。俺はあいつがいなくては何にも出来ない…。失ってつくづくと思い知らされた。いかに妻の存在が大きかったか…。恭一は激しい後悔に苛まれる。胸が潰れるようなこの虚しさを解決する術は妻でしかないのだ。
いったいカナエの強さはどこから出てくるのだろう。離婚した後、一人で子どもを育て、しかも自立して毅然と生きている。強がっているようなそんなそぶりは全くないし、むしろ生き生きと老後を楽しんでいるように思えた。
俺も何か対策を講じなければ…。