連載小説「幸せのパズル」14 | ryo's happy days

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 ドアを開けると猫のジューンが眠そうに出迎えてくれた。

「ただいま、おまえ、ここにいたの? 遅くなってごめんね」

 ふかふかしたジューンの背中をひとしきり撫でながら深い溜息が出た。帰る道々、恭一と話しながらつい虚勢を張って強がりに徹したカナエだったが、正直、気持ちの深い部分では恭一と同じだ。この先、一〇〇歳まで生きる。考えられない。今でさえ一日のうち必ず一回は孤独にはまり、人生長く生き過ぎたしんどさに苛まれるというのに…、第一お金だって続かない。カナエは人生の計画として八〇歳を終了と決めてライフプランも立てていたのだ。軍資金が無くなれば家政婦になったつもりで目を瞑り再婚? いやいや、今更、再婚なんて絶対にありえなかった。スターだってそうじゃない、もうよぼよぼの男でもふた周りも違うような若い女と結婚している。金持ちの男の対象は若い女。もうその機会はとっくに過ぎてしまっている。こんなときは無駄話でもして気を紛らわすに限るのだが、周囲の友達も一人、二人と欠けて行き、結局は佐知子しかいないのだ。

 てっとり早くシャワーを浴びるとつけっぱなしのテレビからニュースが流れていた。あぁあ…、今日も一日が終わる。このまま老いて行くのか。私だって恭一のことを言ってはおれない。今はまだ足腰もなんとかなるし、唯一友達の佐知子もいて卓球など楽しんではいるけど、つい最近メンバーの女性がサーブを取り損なって転倒、大腿骨が折れて救急車騒ぎになったばかりだ。

 

「お母さん、気をつけてよ。とにかく転んだらアウト。そろそろ卓球は卒業してカラオケぐらいにしといたら」

 山口に住む娘から電話があった。

「だって、カラオケはコロナが怖いって、なっちゃんだって反対したんじゃないの」

「そうかぁ、なら、一人カラオケなら良いよ。うん、あれならコロナも大丈夫」

「あのね、お言葉ですけどね、お母さんね、毎日独り暮らしでうんざりしてるのよ、趣味ぐらい、誰かとお喋りしたいじゃないの」

「だから言ってるじゃない、それなら山口にくれば良いのよ。私だって助かるし千夏も寂しくないんだから」

 娘の夏子は山口の病院で看護師をしているシングルマザーで孫の千夏と二人暮らしなのだが、カナエは娘との同居を拒否していた。夏子は三六歳とまだ若い。これから人生をやり直すことも出来る歳なのに、老人が付いていては娘の今後の人生の邪魔になる。それだけは出来ないと思っていた。それに、カナエは博多が好きだ。ここよりどこにも行きたくなかった。

「電話、ありがと。なっちゃんの声が聞けただけでお母さん、気が晴れた」

「ふぅん、お母さん落ち込んでたんだ」

「そうよ。お母さんだって人間だもん。そういうときもあるわよ」

「だけど、お母さん、何しても良いけど再婚はだめよ。絶対にストレスで早死にするわよ」

「あら、そうかなぁ」

「そうかなぁって考えてもみてよ、お父さんと別れて四〇年近くも好き勝手にやってたんだから、今更そんな枠にはまったら命落とすから」

 娘の大仰な物言いに思わずぷっと吹き出した。…やっぱり子供っていいものだわ。今の今まで包み込まれていたグレーの霧が魔法にかかったように晴れてしまった。