佐知子は温泉に行ったのかなぁ。
カナエもその後の話は佐知子にはしていない。思い思いに胸に秘めた気持ちを反芻しながら、カナエは今回の恭一との約束を結局は断れなかった。佐知子の忠告もすっかり忘れ、むしろうきうきとサンドイッチを作ってまるでピクニック気分だったのだ。でも結果は惨敗だった。佐知子の言った通りだ。すっかり恋人気分で唇を寄せてきた恭一の頬を思い切りひっぱ叩いていた。全身の鳥肌が立つとはこのことだ。男なんて幾つになっても男を捨てられないんだわ。だから嫌なのよ。
シャワーを浴びて濡れたショートヘアをタオルで拭きながら、冷蔵庫から取り出した珈琲をボトルのまま手に持ってベランダの縁に腰を下ろした。初夏の風がたっぷりとした男物のTシャツの袖口から入り込み心地よい。素足に洗い残した一粒こびりついた砂つぶがきらりと光り、つい今し方までの出来事が現実だったことを思い出させた。
冷たい珈琲を流し込んでから傍のスマートフォンを取り上げ履歴から佐知子にかける。午後四時すぎの時間帯、ほぼ家にいることがわかっていたが、案の定ちょっとハスキーな佐知子の声が耳に届いた。