細い鞭で打たれるような衝撃に思わずのけぞった瞬間、カナエは老女とは思えぬ素早さで砂浜を蹴っていた。頬をしたたかに打たれたとき舞い上がった微量の砂が右目に入ったようで恭一は片目を閉じたまま、丘を駆け上がるカナエを見つめる。思わずかけようとした声は喉の奥に閊えて止まったままだ。

 白砂を撒き散らし体力の限界が近づいているのか白いスニーカーの足元がもつれて何度も転びそうになりながらも、白と青のストライブ模様のワンピースはなんとか丘を登り切った。振り向いて両足を踏ん張ったまま両手を口元にあて叫んだ。

「バカヤロウ!」

 カナエの声は海風に流されてほぼ聞こえなかったが、確かにそう叫んだと思った。俺はそのとき思った。いくつになってもカナエは変わらないと。

 高校最後の夏、大濠の花火大会を見に行った帰り、暗闇に紛れてキスしようとして頬を叩かれた。あのときは若くカナエは浴衣の裾を片手でまくるようにしながら駆けて、瞬く間に人混みに消えてしまったのだが、昔の映像がそっくりリフレインしたようで思わず声をたてて笑ってしまった。はたかれた指の感触にある種の爽快感さえ覚えたのだ。