連載小説「CALL」20話 | ryo's happy days

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思い切り人生を楽しむこと。これが全ての私。

 明け方近くとろとろと眠りと現実の狭間を彷徨い、うつつの中にいた。中洲の川っぷちを歩いていた。夜ともなれば博多名物の屋台がずらりと並ぶ川筋だが、昼間はのんびりとした川辺に真っ白な鷺がいる。美佐の横に並んで歩く男は恒男だとは分かっていたがどうしても顔が見えない。ただ、嗅ぎ慣れた恒男の匂いがした。多分、恒男はいつものホークスの野球帽を被っている。川沿いに色鮮やかなチューリップがクレヨンで描いたようにどこまでも続いていた。頬に温やかな涙が流れるのがわかるがこれは夢ではなく自分は本当に泣いているのだと分かった。枕が濡れた感触を頬に感じていた。今、置かれている光景はアルバムの写真の通りなのだった。恒男と二人で座ったベンチがあった。そうだ、まだ恒男が仕事を辞めた当初で、元気だった頃、ここで並んで座ったところを通りすがりの人に頼んで撮ってもらったのだ。朴訥とした恒男が珍しく饒舌だった。

「美佐ちゃんな、俺のような面白味のない男より、もっと良か人と一緒になった方が幸せやったろうねぇ」

「なんば突然言いようと」

「俺は甲斐性もないし、仕事も辞めて先々も不安やろうけん」

 結婚前に美佐が編んだ手編みのセーターを後生大事にまだ着ている。

「失業保険もあるし、まぁ、当分はゆっくりしても、仕事は何か見つかるさ」

 並んで座る二人の背中を春の陽射しが心地よく温めていた。…そんなのんびりした日々が私にもあったのだ、懐かしさでほだされていく…。

 なんとかして隣りの気配を確かめようとするが、それは気配だけで何も見えない。只、多分そうだと分かるのは、あのとき、ホークスファンの恒男が被っていた野球帽、そして、まだ元気だった頃の恒男の笑うと八重歯が覗く口元…、いや、それはわからない、わからないのだ。見えない…。もどかしい…。懸命に見ようとして目が覚めた。