「なんか、誤解しとるごたぁよ。いったいどげんしたと、分かるごと話してみてよ、あんたが近藤さんと別れたとか別れんとか、それは自由やけどね、いたずら電話がどうのこうのってそれは何の話ね」

 和恵は寝込みを起こされたことも手伝ってものすごい剣幕だ。もしかしたら自分の間違いかも知れない、と思ったが、何も言わずそのまま電話を切った。もしかしたら無言電話は和恵ではなかったのかも知れない…。だが、もうどうでもよかった。例え和恵でないにしろ、近藤から捨てられたことは紛れもない事実なのだから…。しかし、今度は少し間を置くようにかかってきた電話で、美佐の心に渦巻き膨らんだ怒りや嘆きや寂しさが水を浴びせられ鎮火して行くのが分かった。電話は又、和恵だった。美佐をいさめるような口ぶりだった。

「美佐ちゃん、あんたが近藤さんに捨てられて自暴自棄になってることは分かったけど、そのいたずら電話というのはいったい何のこと?」

「…ここ、半年くらい、毎晩…」

「私はそんなことはしてないよ。あんたが旦那を亡くして家に引きこもってたとき、なんとかしてやりたいと思うて近藤さんのことをダシにしたのは確かに私よ。でもね、あんたがこれほど深入りするとは正直思わんやった。あんたねぇ、もう八月ばい。今年は旦那の初盆じゃなかね。ちったぁ、目ば覚ましんしゃい。その電話ていうのは、もしかしたらあの世から旦那がかけてきようとかもしれんばい」

 背筋がずぅうんとした。

「ま、よかたい、もう遅いけん寝らんね。明日は非番やろ、ゆっくり頭ば冷やし」

 和恵の電話が切れても、そのままへたりこんでいた。和恵に言われるまですっかり忘れていたのだった。恒男の初盆…。言いようのない後悔とも懺悔とも自己嫌悪ともしれぬごちゃまぜの感情が胸に渦巻いていた。

 雨が振り切らぬ暑さが夜の帳を湿らせ体中をじっとりと締め付ける。…あの人があの世から…、今もこのぶざまな姿を上から見ているのかもしれない。そぉっと白い天井の隅を見上げた。まさか…。