朦朧とした頭の隅で微かに電話のベルが鳴っている。腹立ちまぎれに電話に投げつけたバッグが逸れて箪笥に当たり中身がそこら中に散らばった。財布に付けた、くまもんのストラップがあどけない目をこちらに向けている。近藤からのプレゼントだった。

「うるさい!」 

 電話に向かってあらん限りの声で叫びながらいざりより、受話器をとった途端、電話は切れた。体中の血が逆流するのが分かった。

 そのまま、見境なく和恵に電話をかけていた。近藤までもがしらばっくれて和恵のことは知らないなどと言ったが、それは嘘だ。いつも一緒に弁当屋で働いている美佐の片割れのことを知らないわけがない。もしかしたら、近藤は和恵にも気があるのかもしれない。妄想が暗い部屋中に大きく膨らむ。

「もしもぅし」

 暫くして出てきた和恵の声は完全に寝ぼけ声だ。

「あんたねぇ」

「は? 誰?」

「誰ってね! ようそこまで、とぼけていれるよね」

「はぁ? 美佐ちゃん? どうしたとよ、こんなに夜遅く」

「どうでもいいけど、いたずら電話は止めてよね。どれだけ迷惑しとうと思いようとね」

「はぁ、何ば言いよるとよ。こげな夜遅くに電話してきて迷惑はこっちやなかね」

 あくまで、とぼけている。

「あんねぇ、あんたの望み通り、近藤さんとは別れたけん」

 いっぺんに眠気が取れたのか、電話の向こうの声が真剣になったのが分かった。

「はぁっ? いったいどげんしたとよ。よおっと分かるごと言うてみてんしゃい」

「なんば、とぼけとうとよ。あんたの望み通りになってさぞ嬉しかろうね!」

「はぁ?」

「だけんが、もう嫌がらせは止めてよ!」

「な、なんね」

 和恵の声を半分も聞かず思い切り受話器を叩き付けて切った。間髪を入れずに電話がかかる。和恵だ。