「うちの嫁さんは勘がいいけんな」
「…て言うことは、何か奥さんに言われたとか…」
「何ば言いよるとか、そしたらおおごとやろうもん。ばってん、もう危なか」
慌てた。近藤の次の言葉を聞きたくない、と思った。だが言葉は容赦なく続く。
「もう、あんたとのことは終わりにするけん」
嫌だ! 混乱の余り言葉がうまくまとまらない。落ち着いてうまく立ち回らねば、と思えば思う程、感情が先に立つのが分かった。
「何でよ、私はそんなの嫌! 私は別れたくない! ばれんごとすればいいとやろ」
男は冷ややかだった。
「それにこの前のあれは何や、電話してきたろうが」
「あれは! あんたが私ばすっぽかしたけんやろ」
「あんねぇ、頭ば冷やしてよう考えんね。あんたは旦那が死んでよかろうけど、俺には家庭があるとばい。嫁さんもおると。一回、すっぽかされたけんて家に電話かけてくるやら、何ば考えとうとや! よう考えない! 未亡人は男に飢えとうけん格別の味があると聞いて今まで付き合うたばってん、あんたねぇ、自分の立場というもんば考えんね。俺は家庭を壊す気持ちはさらさらなかけんな。ま、ここら辺が潮時やろう」
涙がとめどなく流れ、とぎれとぎれの言葉でなんとか気持ちを伝える。
「ねぇ、電話をかけたことも、奥さんば見にいったことも、謝るけん、金輪際、せんて神様に誓うけん、別れるやら言わんで!」
「子どものごと駄々ばこねてから、今までいい夢見ただけでよかたいね。それが大人の遊びやんか。けじめだけはつけんとな。今日は別れの杯たい」
近藤の差し出すコップを思い切り手で払うと、焼酎が溢れて辺り一面に飛び散る。
「あぁあ、姉御肌が取り柄やったとに、美佐ちゃんらしゅうなかぁ、ほら、笑ってお別れしましょう」
空になったコップに焼酎を注ぎ美佐の掌に無理矢理握らせて、近藤は自分のコップを近づけた。カチリっと音がした。近藤が立ち去る気配を感じながらも美佐はコップを握った姿勢のまま身動き一つできずにいた。