近藤さんに会えたのは、仕事に復帰して10日も経った頃だった。この近辺はビルが立て込んでいてランチどきは会社勤めのお客さんで息を抜く暇もない。
だが、仕事の勘はすぐに取り戻せた。次々に来る客の、幕の内弁当、カツとじ弁当、のり弁当、すき焼弁当、唐揚げ弁当、ステーキ弁当、好き勝手な注文を大きな声で復唱しては厨房に伝えながら手は休むことなく、味噌汁や吸い物、サラダなどの追加注文、そして割り箸やサービスのふりかけなどを袋に入れレジを打つ。
「美佐ちゃんが復帰して助かるわぁ、若いパートじゃもたついてさぁ、今のゆとり世代っていうの? 若いだけで気が利かないったら最悪、もう、苛ついてたんよ」
和恵の言葉はまんざらお世辞ではなかった。この道で2年はやってきたのだ。客に弁当を渡すときの「お仕事お疲れさまです」の一言も忘れない。
午後も2時を廻りほっとした頃、自動ドアが開いた。
「らっしゃい!」
反射的に声が出た。
「お、ひ、さ、し」
近藤だった。
夕方、ファミレスで近藤と落ち合い積もる話もそこそこにホテルに入った。 半年振りの男だった
「俺とさ、一緒だった忘年会の夜にこれ、亡くなったんだろう」
近藤さんが親指を立てて恒男のことをこれ、と呼んだ。
「なんかさぁ、それ考えると気が重くなってさぁ、しっかし、あんたもよっぽど飢えてたんだね、凄かったよ」
近藤の言葉に柄にもなく恥ずかしさがこみ上げて、派手な模様の羽根布団を肩まで引揚げた。近藤は確か恒男と同じ齢の58歳だ。精力のかけらもなかった恒男と比べ、近藤はまるで今が男の盛りとでもいうように逞しい。美佐といえば、ずっと抱えていた体の疼きに留めをさされて放心したまま近藤の腹の辺りをゆっくりと撫でていた。恒男は死んでしまったのだ。正々堂々とこの人を愛せるんだ…。近藤さんに妻子がいることは知っているが別にそんなことは構わないと思った。