コンビニやスーパーなどで、
店員に接客の態度が気に入らないと怒鳴っている人やクレイマーを
たまに見かけることがあります。
私は、それを見るたびに、
自分が、怒られているような気持になって
いたたまれなくなっていました。
けれど、それは、
私自身が、子どもの頃に親に怒鳴られていたために
子どもの頃の自分を投影して怖がっていたと知り、
そして、怒鳴っている人やクレイマーの心理を知ると
怖くなくなったのです。
もちろん、こちらに被害が及びそうだと思う程ならば
別の話ですが、人の心理の仕組みや成り立ちを知ると
真逆にひっくり返るのです。
こんにちは、
心理カウンセラーのりんこです。
店員さんの接客の態度が悪い「その態度は、なんだ!」
と怒っているのには、大体2つの心理状態が隠れています。
(どう見ても酷い態度の店員さんは今回は別として)
まず1つ目、
「自分は上、店員は下」という思い込みから来るもの。
子どもの頃、親子に上下を付けられて育った人に多く
親(上)の顔色や態度に気を使ってきたからこそ、
それが前提となり社会に出て、
今度は、自分はお客様(上)で、
店員は(下)だと思い込んでいるがために、
「気を使うものだ!」と怒っている。
2つ目、
怒りは、第二感情(表向きの感情)と言われるものなので、
その奥に本当の感情があります。
子どもの頃に、お母さん(お父さん)に
雑に扱われていた
粗末に扱われていた
大切にして貰えなかった
尊重して貰えなかったなどの
悲しい感情の思い残しがあったりすると
自分を雑に扱った目の前の店員さん=過去のお母さん(お父さん)
店員さんの態度を通して、過去の思い残しがうずいて
「雑に扱うな!大切に扱え!」と
八つ当たりをしているということが多く、
怒っていればいるほど
その思い残しの傷が大きい。
いわゆる、
勝手に反応して、勝手に怒っている独り相撲
といわれるもの。
そして、
そういう環境で育った場合、
自己肯定感や自己重要感、自己評価が低い為
自分を大きく見せたい!という自己顕示欲や
凄い!と思われたい承認欲求が後押しをしてしまったりする。
だから、ギャラリーが多ければ多い程、
燃えるし、エキサイトしてしまう。
大人になっても、周りを巻き込んでは
注目して!こっちを見て!かまって!と
かまってちゃんになってしまっている、
見た目は、大人だけど、
心のその部分は、子どものまま幼児のままということ。
で、こういう人ほど、小心者だったりするのは、
ありのままを愛されて育っていないため
自分に自信を持ってないから、ということなんです。
自分を大きく見せたい人=自分に自信がない人=小心者
逆に、自分に自信がある人=大きく見せる必要などない人
=ありのままの自分
ちゃんと、ありのまま愛されて育てば、
どんな自分も、認められる
どんな自分にも、OKが出せているからこそ
目の前の人にも、OKが出せる
けれど、
ありのまま愛されていなければ
どんな自分も、認められない
どんな自分にも、OKが出せない、NG
NGだからこそ、
自分を大きく見せたい、認められたい、
自分を認められないからこそ
目の前の人も、認められない
目の前の人にも、Okが出せない、NG
店員さん=NG
親に愛されて育った人、地雷を持っていない人は、
店員の態度が少々悪くても「この人はこういう人なのだ」と、
そのまま、まるっと受け止められる、OKが出せるのは
そういうことなのです。
だから、
その人は、店員さんが自分を怒らせる地雷を
持っていると思ってるのだけれど、
あくまでも、地雷を持っているのは、自分
本当は、攻撃の地雷、怒りの地雷を持っているのではなく、
悲しみの地雷を持っているということ
大切にされたかった愛されたかったと願う悲しい思いが、
歪んで怒りになって攻撃しているということなのです。
私は、これを知ってから
店員さんに怒っている人を怖くなくなり、
怒れば怒るほど、ありのままを愛して欲しい
悲しいと訴えている人なのだと
思う様になりました。
そして、
これは、その人に限らず、
何かに理不尽に「怒っている人」などは、
その奥に悲しい過去があるということなのです。
☆アダルトチルドレンとは
主に、子どもの頃「機能不全家族」など、機能を果たしていない家族
安心安全ではない家族の中で育ち、傷つき、感情を抑圧したり、
誰かのために生きたり、自己否定をしたり、ありのままの自分で
いられないなど、深いトラウマを持ち、今でも人間関係や親子関係に
苦しんだり、生きづらさを持つ大人のこと。
☆毒親について
主に、過干渉、支配、価値観の押し付け、過度な管理、暴言、暴力
虐待、存在の無視、愛情の欠落、個性や考え方などの否定など、
こうした毒親に翻弄された子どもが、大人になってもその影響により
生きづらさや悩みを抱えて生きている人を、アダルトチルドレン・
毒親育ちと言われています。
あなたも自由に生きられますように・・
