最近、よく「毒親」という言葉を耳にするようになりました

 

そして、私もこのブログで使わせて頂いております。

 

 

賛否両論あるかと思いますし、

 

私も、数年前に、初めてこの言葉を耳にした時には

 

正直驚きましたしが、

 

今まで、そういう親に対しての概念や表現方法がなかったために、

 

解決方法が見つからず、辛い思いをして来た人もたくさんいた

 

のだとも思っています。

 

 

なので、いいか悪いかは別として、

 

私も、そういう親の元で育ち、経験してきたものとして、

 

この言葉は、とても解りやすい表現だと思っています。

 

 

 

何度、冷静に思い返したとしても

 

母のその時の機嫌1つで、私の人生に散々介入し

 

何度も何度も、否定され傷つけられ、

 

子どもだった私にとって

 

「毒」にしかならないことばかり・・・

 

 

それが長い間、苦しかったからこそ

 

許せなかったのです

 

憎むって、本当にとても辛いことです

 

ましてや、親だからこそ。

 

 

 

 

・・・だからもし、あなたが今、

 

親を許せなかったりすることで

 

苦しい思いをしてしているのだとするなら・・

 

 

もちろん、許せなくてもいいし

 

許さなくてもいいのだけど、

 

(私も、全てを許したわけではありませんので)

 

 

私の様に「毒親」の心の成り立ちやしくみを知ることで

 

少しでも、楽になって貰えたら

 

少しでも、心をほどいて貰えたらと心から思っています。

 

 

 

私も、長い間、散々苦しんできたけれど、

 

これを知ることで、楽になったからです。

 

 

 

こんにちは、

 

心理カウンセラーのりんこです。

 

 

 

こちらの件に関しては、

 

色々な思いや考えがあると思いますので、

 

あくまでも、私の学びと経験から書いたものですので、

 

ご了承の上でお読み頂けたらと思います。

 

長いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、早速・・・

 

 

例え、今、子どもに「毒を撒いている親」だったとしても

 

そもそも、親自身も子どもの時があり

 

もちろん「毒を持つ子ども」だったはずもない・・

 

なぜなら、どの子どもも純真無垢で生まれてくるから・・

 

 

それなのになぜ、

 

「毒親」になってしまったのかというと

 

そこには毒親になるプロセス、心の成り立ちがあるからなんです。

 

 

 

それは、親自身も子どもの頃に傷つけられ

 

悲しみや怒りが、そのまま未完了で心に残っているため

 

大人になった今でも、親になった今でも

 

思考や感情が、大きく偏ったまま歪んだまま

 

あるいは、停止したままだからです。

 

 

 

詳しく説明すると、

 

親自身が子どもの頃、

 

親に、自分の感情を受け取って貰えなかった

 

解って貰えなかった、

 

愛情の受け渡しが出来なかった

 

愛されなかった

 

無関心だった

 

 

あるいは、

 

親に暴力をふるわれたり、支配されたりしてきた

 

いつも、我慢ばかりさせられていた

 

兄弟で比較されたり、見下されて来た

 

自分の居場所が無かった

 

尊重されてこなかった・・

 

(他にも、たくさんありますが)

 

 

とすると、悲しみや怒りが心に残ったまま未完了のまま

 

悲しみや怒りを抱えたまま

 

心が偏ってしまった子どものまま、

 

心(一部)が、成長できなかった子どものまま

 

もしくは、感情が停止したままということ。

 

 

 

心の傷が、多ければ多い程、大きければ大きい程、

 

満たされていないから、枯渇しているから

 

自分の事でいっぱい

 

大人になった今でも、親になった今でも

 

自分の心を満たすことでいっぱいなんです。

 

 

だから、

 

何よりも、自分の事が一番だし、自己中だし、我がままだし、

 

子どもに対しても、支配してまでも暴力を使ってまでも

 

自分の思い通りにしようとする(もちろん、無意識に)

 

 

つまり、

 

自分の事しか見えていない、周りが見えていない

 

これは、幼児と同じ状態ということなんです。

 

(心が成長するにあたって周りが見えてくる様になるので)

 

 

 

で、更に心の傷が多ければ多い程、深ければ深い程、

 

感情が麻痺しているために

 

(子どもの頃、これ以上傷つきたくないから本能が麻痺させる)

 

今、目の前の自分の子どもの気持ちも解からないし

 

察することも出来ないし、想像すらつかない

 

あるいは、無関心。

 

 

大事な子どもを、傷つけていることすら、

 

子どもが、傷ついていることすら解らない

 

気が付かない、気づけないんです、

 

感情が、そこにはないからです。

 

 

子どもの頃に、

 

大切な感情を捨てた、あるいは無いことにした・・

 

じゃないと、生きられない程に辛かったからです。

 

 

 

だから、

 

子どもに、愛を渡せないし

 

子どもの愛を、受けとれない

 

愛とは何かすら、わからない

 

(もちろん、愛の概念はそれそれだとは思いますが、

 

愛がわからない人多いです)

 

 

 

ならば、

 

子どもは、親から愛を受け取れない

 

解ってくれないと思う

 

心が枯渇する・・

 

そんな親、親じゃない・・

 

毒でしかない・・

 

「毒親」だ・・・となる。

 

 

 

 

で、私自身も同じく

 

親に、自分の感情受け取って貰えなかった

 

解って貰えなかった

 

支配されてきた、暴力をするわれてきたから

 

悲しみや怒りが未完了のまま

 

悲しみや怒りを抱えたまま

 

心が偏ってしまった子どものまま

 

心(一部)が、成長できずに子どものままだった・・

 

だから、親を毒親だと思ってきた。

 

 

 

・・・けれど、これを知って、

 

私と母は、悲しみや怒りが未完了のまま

 

悲しみや怒りを抱えたまま

 

心が偏ってしまった子どものまま、

 

ということは、

 

心(一部)が、成長できなかった子どものまま同士

 

心が傷ついたもの同士

 

だったということを知ったのです。

 

(こうして連鎖していく、

 

だから母もその連鎖を受けて来たということ)

 

 

 

子どもの、心は、

 

ありのままの自分や、あるがままの感情を

 

親や周りの大人に受け取って貰うことで

 

愛されることで

 

豊かに、はぐくまれていきます。

 

これは、人として生まれて来た時に

 

初期設定されているものです。

 

 

 

だから、

 

それが、子どもの頃に満たされなかったのだとしたら

 

愛されなかったのだとしたら

 

どんなに大人になってたとしても

 

親になったとしても

 

わかって欲しいと嘆いたまま

 

愛されたいと切望したまま

 

わかってくれなかったと拗ねたまま嘆いたままで

 

その部分は、未完了で未発達ということ。

 

 

人は、満たされていないと

 

子どもや他者に与えるのは難しい、

 

ましてや、感情が麻痺しているのだとするなら

 

余計に難しい。

 

 

 

だから、

 

どんなに、長い間、

 

満たされたいもの同士で戦ったとしても

 

傷ついたもの同士で戦ったとしても

 

不毛なやり取りでしかなく、

 

 

母子と言えど、

 

お互いが、まずは自分の心の穴を埋めることに

 

必死だったからこそ、

 

解かり合えることなど、ほとんどなかったのだと

 

近づこうとすればする程、余計に遠くなったのだと。

 

 

だから、

 

私は、こんなにも母と長い間に渡って

 

戦っていたのだと知ったのです。

 

 

 

 

ならば、

 

気が付いた自分自身が、

 

自分自身を満たし、傷を癒し

 

子どものまま未完了ままの思いを

 

自分自身でわかってあげて

 

自分の手で育ててあげる

 

成長させてあげることなのだと。

 

 

どんな時も、

 

自分の味方でいるのだと

 

何があっても、自分を守ってあげるのだと

 

自分を大切にしてあげるのだと

 

精一杯、自分を愛してあげるのだと。

 

 

ありのままの自分を受け取り

 

ありのままの自分に戻り

 

ありのままの自分で生きるということだと。

 

 

 

親に変わって貰いたいと願うのではなくて

 

自分が変わる、自分を変えるのだと

 

ありのままの自分に戻るのだと。

 

 

あくまでも「自分」なのだと・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・私は、学びと体験を通して

 

親の心の成り立ちやしくみ、状態を知るということは、

 

とてもとても大切なことだったと思っています。

 

 

「何の理由もなく、ただ毒を撒いていたわけではない」

 

と知ったことで、憎しみだけで終わらなくてよかったと

 

思えたからです。

 

 

もし、親自身も、ちゃんと親に愛されていたとするなら

 

違っていたかもしれないと思うと、

 

その全てを憎まなくてもいいのかもしれないと思えたからです。

 

 

 

それを知ることで、

 

長い間抱えていた憎しみという荷物を降ろせたのです。

 

 

 

理由があれば何をしてもいいのかと言われれば、

 

そうではないけれど、

 

憎いと思うのは、愛されたかったからだから。

 

(愛と憎しみは、表裏一体です)

 

 

 

 

 

もちろん、

 

今でも、全てを許したわけではありませんが、

 

それが、あくまでも自分の為に、

 

少しでも、親の毒をほどくということ、

 

自分の心をほどくということに繋がったことは

 

間違いないと思っています。

 

 

 

 

 

 

長くなりました・・

 

どなたかのご参考になれば幸いです。

 


 

 

 

 

 

 

 

☆アダルトチルドレンとは

主に、子どもの頃「機能不全家族」など、機能を果たしていない家族

安心安全ではない家族の中で育ち、傷つき、感情を抑圧したり、

誰かのために生きたり、自己否定をしたり、ありのままの自分で

いられないなど、深いトラウマを持ち、今でも人間関係や親子関係に

苦しんだり、生きづらさを持つ大人のこと。

 

 

☆毒親について

主に、過干渉、支配、価値観の押し付け、過度な管理、暴言、暴力

虐待、存在の無視、愛情の欠落、個性や考え方などの否定など、

こうした毒親に翻弄された子どもが、大人になってもその影響により

生きづらさや悩みを抱えて生きている人を、アダルトチルドレン・

毒親育ちと言われています。

 

 

 

 

 

 

 

あなたも自由に生きられますように・・