おはようございます。
心屋流心理カウンセラーのりんこです。
たくさん頂いたメッセージのお返事を
昨日終わりました。
大変遅くなって、申し訳ございません。
そして、確認をしておりますが、
もし、お返事がまだ届いていない方、
私の不注意で見落としているかもしれません。
申し訳ございません。
もし、いらっしゃいましたら、
大変申し訳ございませんが、
ご連絡いただけたらと思います。
よろしくお願いいたします。
…
やっと、頭の中で色んなことが繋がった、
私の思いの総まとめです…。
何度書き直しても、これ以上短くなりませんでした。
よろしければ、読んでみてください。
あなたが苦しくてもあなたのせいではない
誰のせいでもない、
ましてやお母さんのせいでもない。
この言葉を「アダルトチルドレン」関係の
何かで聞いたのは数年前のこと、
心屋塾で学ぶ、ずっと前です。
物凄く腹が立ち、
そんなはずはない!そう思っていました。
納得がいかなかったのです。
私の苦しみは、紛れもなく母のせいだと
思っていたのです。
でも、
心屋塾で学ばせて頂くようになって、
そうではないと思うようになり、
私なりに理解できるようになっていましたが、
言葉に繋ぐことが、出来ませんでした。
…
先日、姉と予定していた
『かみさまとのやくそく』を見に行きました。
ずっと私の頭の中で
モヤモヤしていた思いが、
画面を見ながら、
するすると繋がって行きました。
”子どもは、2つの目的を持って生まれてくる”のだそうです。
1つ目は、お母さんを幸せにすること、
お母さんを笑顔にすること
2つ目は、その子によって違うけど、
基本は人の役に立つこと
1つ目の目的が達成されたら
2つ目の目的に行ける
というものでした。
私は、自分の経験から、1か月前位から、
同じことをふと思い始めていた時でした。
私は、母とのことが解決でき、
自由になれた気がして、
やっと、自分の人生を歩き始めたんだ、
本当の自分の生きる意味はこれだったのかも知れない
と思うようになっていたからです。
…だとすると、
子どもがお母さんの
笑顔を見られず、
幸せに出来ていないと思っているならば、
1つ目の目的をいつまでも、
永遠に、し続けなければならなくなる。
それが「アダルトチルドレン」なのだ思いました。
(これが、私だった…)
親子ではあるけれど、
お母さんの人生と、子どもの人生は
別でなければならないのに、
お母さんに幸せになってもらうために、
自分を殺して、
ずっと、走り続けることで、
疲弊してしまい、
子どもが、心を壊していくものなのかもしれないと
思いました。
子ども自身の人生であるのに、
自由なれず、
楽しむことが出来ないのだとしたら、
それはとても悲しく、苦しいことになる。
(かつての私が、そうであって様に…)
そもそも、もしかしたら、
お母さんも、子どもとして生を受け、
お母さんを笑顔にしたかったけど、
出来なかったと思い込み、
愛されていないと思い、
拗ねてしまった、
ということになるから、
今もずっと、お母さんになっても
その拗ねるが残っていると思うのです。
(お母さん自身もまだ1つ目の目的中)
もし、
子どもがお母さんを
幸せに出来ていないと思っていて、
愛されてないという思いに繋がり、、
それが、
子どもの自分に罪があるからだと
思ってしまうのなら、
それは、お母さん自身が、
子どもの愛情を上手く
受け取れないということで、
子ども自身が、
愛されていないのではなくて、
お母さんが、根底にある愛を
上手く伝えてきれていないだけ
なのかもしれないと思うのです。
だとすると、
子どもの自分が悪いと思うこともなく、
ましてや罪と思うこともなく、
しかも、
お母さんを加害者にすることも、
自分が被害者になる事もなく、
お母さんも、
同じような道をたどって来ているのだと
思うのです。
そうだとしたら…
あなたが苦しくてもあなたのせいではない
誰のせいでもない、
ましてやお母さんのせいでもない。
そういうことなのだろうと思います。
問題は最初から、なかったのかもしれません。
お母さんを幸せにしたいと思い、
そう出来なかったと思い込む子ども
自分の子どもに、愛することを上手く
伝えきれずにいる母
このボタンの掛け違いが、
大きな溝を生み、
悲しい思いを生み出すことに
なってしまうのかもしれません。
本当は、
愛されていないんじゃない…
愛されている…
ということなのだと思います。
そして、
1つ目の目的を終え、
2つ目の目的に向かって、生きている時が、
心からの幸せであり、
楽しいと思える時なのかもしれません。
長くてすみません![]()
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございます。
