もし、あなたが

「親」とのことで悩んでいて

それを『毒親』と名付けることで

終止符を打つのだとしたら

それは1つの選択をしたと

いうことなのだけれど、


もしかして、それが嫌だと

心の底で、うすうす感じて

いるのだとしたら

この先を読んでみて欲しい。


あくまでも私の経験と考えだから

反論や意見は受け付けていません^^

だから、読みたい人だけ、読んで下さいね。



私は、親とのことで悩んで来て

むさぼるように本読んでいた。

その何冊もある中で

1人の著者の本にたどり着いた。


どこかの教授が

書いた本だった。

それは、シリーズの様になっていて

似たような本が何冊もあり、

どの本も

親は加害者

親を捨てること

と言っているようだった。


私は、藁をもすがる気持ちだったので

親を憎むことで

苦しさから抜け出せるならと思い

親を捨てる覚悟をし

親と絶縁した。


言うなれば、

「親」を『毒親』とすることで

終止符を打った。

けれど、

それが苦しかった。

しかも、

苦しさが倍増していった。


『毒親』という言葉が流行る

数年前のことだった。



今考えると、

その本の著者は

そうすることで

自分の心に終止符を

打ったのだろう。

そうすることでしか

自分の心に終止符を打つことが

出来なかったのだろうと思う。


それがいいとか、

悪いとかでなく

私はその時、

それを鵜呑みにすることでの

解決を図ったが

その著者との”根底の違い”に

気が付かないまま

親を『毒親』とすることで

解決しようとしていた、

ということだった。


その解決方法が、親に対しての

憎しみがありありと残ったままの

解決方法だということに

気が付いていなかった。


しかも、
私自身が

その解決方法を

”望んでいない”ということに

気が付ついていなかった。




心屋塾に来て

私は『私』について考えた。


今の『私』の性格や人格が

子どもの頃の親との

やり取りや環境で

ほとんどが出来上がって

いるとするならば、


私を悩ませる

『親』自身も

子どもの頃があり、

しかも、

もちろんのこと、

私と同じように

親とのやり取りや

環境があったわけで、


とすると、

私を悩ませている

『親』自身も

私と同じように

色んなことがあって…




なんだ…

もしかしたら

私とそう変わらないのかも…




そうだとしたら、

親が、私にしてきたことが

親なりに精一杯だったとするならば

憎むべきものではなく

『毒親』と位置づけるものでもなく


ただただ、

そういうことだったのかと

思えてきて、


私にとって

憎むべき対象でありながらも

愛されていたということも

うすうす感じていたから

悩んでいたのだということに

気が付いて…



そう考えると

不思議と

自分を縛っていた思いも

親を憎む気持ちも

するすると解けて来て



自分を許し

親を許し

過去を許し、



ただただ

そうであったと



ただただ

そういうことだったのかと



ただただ

終わっていった



ただただ

消えていった。










あなたがもし、

親を『毒親』と思うことを

辞められるとしたら、どうしますか…。









クローバー今日も、素敵な一日でありますように…




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