先日『STAND BY ME ドラえもん』を見て来た。
ドラえもんは、息子が小さな時から大好きで、
熱が出て学校を休むと
「ドラえもんの映画のが見たい。」とリクエストされて、
レンタルショップで借りて、ほとんど見た。
息子は病気がちだったので、
ほとんど見つくすと、
また同じのを何度も借りた。
そして、毎週TVは欠かさず見てた。
今は、見たり見なかったり…
大人になったよね…。
高3だもんね。
…
私はドラえもんとのび太のやり取りを
過去の母としての私をドラえもんで、
のび太を息子として見ていた。
過干渉で、
お節介で、
幸せになって欲しくて、
笑っていて欲しくて、
困難にあわないように、
苦労しないように、
恥をかかないように、
悲しまないように、
嫌な思いをしないようにって思って、
それを避けてあげようとする。
もちろん、
過干渉も、
恥をかかないようにと思う気持ちも、
私自身の偏りから
来ていたものだということも
今では、承知の上だけど、
やっぱり
私なりの、精一杯の愛情だったことも
間違いない。
と、するならば、
私があんなに嫌っていた
過干渉で、かつ冷たいと思っていた母も
私と同じ気持ちだったのかもしれなくて、
それが、
行き過ぎだったり、
足りなかったりと、
私の求めるものではなくて、
違うものだったわけだけど、
それでも、
本当は、「ない」わけじゃなくて、
形が違っただけで、
それを「愛」だと気が付かなかった
ってことなんだよね。
私は母に自分の気持ちは
言えなかったけど、
息子は、私に、
意見が違うと言ってくる。
ちゃんと違いも話して来るし、
話し合ったりもする、
ケンカもする。
親子でも、違いがあって当たり前で、
考え方が違って、当たり前で、
息子が私に求めるものに対して
私が息子に差し出すものが違うことも
きっと多々あると思うけど、
全部が全部わかり合えなくても、
差し出すものが違っても、
上手く受け取って貰えなくても、
それはそれでよくて、
向き合うこと
話し合うこと
ケンカすること
一緒に笑うこと
一緒に泣くこと、
つまり、
そばにいる時間、
同じ時間を共有することが
大切なのかもしれないと思う。
それがきっと思い出になり
宝物になって行くんだよね。
そして、
息子自身が、充分満タンになったら、
私から旅立っていくのかな。
辛いことがあったら、思い出して、
乗り越えて行くってくれるのかな。
このエンディングテーマ
「ひまわりの約束」 の様に、
そばにいたいけど、
もちろん、そうなんだけど、
いつか息子が、旅立つとき、
たくさん大泣きするけど、
笑顔で手を振れる私になりたいな。
息子には息子の人生があり
息子が本当に幸せって思って生きることが、
私の幸せでもあるんだよね、
そして離れても、
信じて見守ることが
私の幸せでもあるんだと思う。
…
以前は子育てに苦悩して、
持て余していた時を思い出したりもしながら、
息子の、真っ直ぐで純粋で透明だった
心を思い出したよ。
今は、ちょいと反抗期?で、素直さに欠けるけど(笑)
それでも、今は充分で、
ただただ、そばにいられることを、
心から、嬉しいと思う。


