電子書籍を読んでたら
見つけた文章
誰かの話しを聞いた時、
そこに自分の感性が
合えば受け取ればいいし。
合わなければ
そんな考えもあるんやね。
そういう風に受け取ればいい。
最後に決めるのは
やっぱり自分なんやもんね。
そんなこと考えながら
読んでたら
なんか、ヒットしたので
ちょこっと転記。
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朝、釈迦にある男が尋ねた。
「私は、人生は変えられると思っています。
人生は変えられますか?」
「人生は変えられるかって!
人生は決まっています」
「エッ、あなたは、
人生は変えられると説いていると
いわれて来たのです」
「それは違います。私は、
人生が決まっていることを説いているのです」
昼頃、ある男が尋ねた。
「私は、人生は決まっていると思っています。
人生は決まっていますか?」
「人生は決まっているかって!
人生は変えられます。決まってはいません」
「エッ、あなたは、
人生は決まっていると説いているといわれて来たのです」
「それは違います。
私は、人生が変えられることを説いているのです」
夕方になって、ある男が尋ねた。
「私は、人生が決まっているのか、
人生は変えられるのか、
わかりません。教えてください」
「私がわかるはずないじゃありませんか」
「エッ、あなたは、
悟りを開いた智者だと聞いてきたのです」
「それは違います。私は無知な者です」
しばらくして、一緒にお供をしていた
アーナンダは釈迦に尋ねた。
「私は、頭が割れそうです。
あなたは、
朝は
人生は決まっていると言い、
昼は
変えられると言い、
夕方は
どっちか分からないと言いました。
何が何だか分かりません」
「アーナンダよ。
答えなんかどうでもいいのだ。
大事なのは
誰に言ったかなのだ。
朝の男は
人生が変えられると信じていた。
が、そのせいで苦しんでいたのだ。
だから、私に確認しに来たのだ。
私に人生は決まっていると言われて
朝の男は救われたのだ。
昼の男は、
人生が決まっていると信じていた。
が、そのせいで苦しんでいたのだ。
だから、私に確認しに来たのだ。
私に人生は変えられると言われて
昼の男は救われたのだ。
夕方の男は、
人生について何も考えていなかった。
ただ、私が来たというので
質問をしてみただけだった。
だから、私は答えるわけには
いかなかったのだ。
答えれば、
その言葉を信じ込み、
偏った考えで生きることになるからだ」
=電子書籍『ニュートラル思考のすすめ どちらでもいいのです』より=