一年前の今日。
私の居場所は、沖縄の名護。
遠い遠い地の出来事を、四角い画面を通じて知った。
直後から関東方面の知人から入るメール。
「ダイジョウブだからね、電話繋がらなくなるかもしれないけど
ちゃんと生きてるから。心配しないで」
きっと、阪神大震災のトラウマが
出てこないかと、逆に心配してくれたんだと思う。
人間って、優しいね。
そして、弱くて、強い。
自分が悪いわけでもないのに
その時に、南の島で過ごしてたという事実に
つきまとう罪悪感。
いつ飛ぶかわからない飛行機待ちの
長い長い行列の那覇空港ロビー。
きっと、あの時、私と同じような
なんとも言えない罪悪感を持った人は
いろんな場所で膝を抱えてただろうね。
あの日も、そのあとも。
そのひと月後。
縁あって、お仕事で、被災地を訪問する事に。
なにもなくなった場所。
音も匂いも気配すらなくなった場所。
そこに立った時、人間の無力ってもの
初めて実感したように感じたの。
ワタシになにができるのだろう。
・・・・何も出来ないと思う心が泣く。
何の足しにもなりはしないのに。
1年という時間が流れて
今、思うこと。
明日、自分のまわりから
音も匂いも気配すらも消えてるかもしれないとしたら。
ぐずぐずと思い悩んでるより
前を向いて踏み出そうってこと。
後ろを振り返っても、あるのは思い出だけ。
夢や希望があるのは、わたしの、あなたの前。
何も出来ないと思いや悩むのは
何の足しにもならないってこと。
魂が心から喜ぶことを選んで
自分を好きでいよう。
あなたを愛していよう。
生きてるってことに改めて感謝しよう。
大地に心からの敬意と感謝をこめて。
大地から離れざるを得なかった
多くの魂に心から追悼の意を。