阿沙比奈村はシラハタファームの撤退により、村長の毛妻次生や村人たちは自分たちで描いているまちづくりを一からやり直す決意をした。買収されるはずだった、かたつむり農園では新たにスタッフを雇うことにした。かたつむり農園の立見宗二郎に、すっかり戦力となった川山絵美と七村野絵も手放しで喜んだ。さらに野絵の養護施設時代の友人・目黒アザミが新たに加わったのだ。
「初めてですけど、先輩たちに色々教わりながら戦力になれるよう頑張ります」アザミは挨拶をした。野絵も、
「アザミ、よろしくな。初めは大変だけど、慣れたら大丈夫よ。あたしだってそうだったんだから」
「もし辛いことがあったら話に乗ってあげるよ」絵美も声をかけた。アザミは、
「皆、ありがとうございます…」先輩たちの優しさに嬉し涙を浮かべた。
「さっそく明日から手伝ってね。鍬を使うのは初めてだね?きついと思うが慣れると楽しくなるよ」宗二郎も彼女への期待を寄せた。また、同じく買収されるところだったさゆり牧場では我が娘のように可愛がっていた老雌牛のさゆりがぐったりとして動けなくなっていた。22歳と高齢で、人間でいえば95歳になる。それまでは食欲旺盛だったが、ここ数日水を飲むだけだった。羽多間夫妻は、
「このままでは手の打ちようがない。餌も食べなくなった。ここで最期を見送るか…」さゆりは目が虚ろになり呼吸が乱れ、夫妻は体をさすったり優しい言葉をかけてきた。
「さゆり…お前のおかげで私たちは幸せだった…お前がいなくなると思えば寂しいが、新しい家族を迎えるまではしばらくの辛抱だ」すると、家畜たちがさゆりの別れを惜しむかのように、にぎやかに鳴きだした。
(お前は愛されてたんだな…天国に行っても見守ってくれよな…)やがてさゆりは静かに息を引き取り、天寿を全うした。
「さゆり、今までありがとう…お前のことはずっと忘れない…」夫妻は泣きだしてさゆりに寄り添ってこの日を過ごした。家畜たちの”えさやりががり”でもある、かたつむり農園の立見宗二郎も駆けつけた。
「俺が作った餌をよく食べてたな。毎日お前に餌をあげに行くたびに、お前は嬉しそうに鳴いてたな。でも仲間が生まれたらまたあげに行くよ。”えさやりががり”として」彼も涙を浮かべて仲間との別れを惜しんだ。
その一方で阿沙比奈小学校では、五年生担任・八原進助が校長に呼び出されると、
「八原君、君の両親が何かやらかしたって、本当なのか?」
「はい。子供たちからも散々責められました。親父もお袋も真面目人間だから、まさかああなってしまうなんて、少しも思ってなかったです」
「見た目だけではわからんよ。やってしまったことは事実だからな」
「申し訳ございません…私が気づいて止めていたならならなかった…」
「その罪をどう償うか。奥さんもいるのだろ?よく話し合うことだ」
「今さら悔やんでもあとの祭りだけど、しっかり償ってもらうよう伝えておきます」
あれから進助は妻の珠美と一緒に、彼の両親がいる実家に行った。阿沙比奈村内で、自宅から数キロ離れたところにあり、広大な畑を持ち、二人ともセカンドライフとして農作業に励み、その作物をすでに独立した子供たちや親戚におすそ分けしている。ここ最近、近所から噂話が聞こえたり冷ややかな目で見られたりで、ほとんど家にこもったままだ。父の則勝はサングラスを外し、その瞳は優しさの一方、憂いを感じていた。母の可都江も、シャネットの時に見せていた狂気じみた表情は影を潜め、白い歯をのぞかせながら微笑んでいた。その表情からは”さすが良家育ち”と思わせた。
「親父、お袋、久しぶりだね」
「進助に珠美ちゃん、いったいどうしたんだ?」
「こんにちは。お義父さんお義母さん。ちょっと話したいことがあってそちらに伺いました」
「珠美ちゃん、このたびはご両親に酷いことをしてしまいました。私たちはなんてお詫びしたらいいのか。どう償いをすればいいのか。本当にすみませんでした」と、可都江が土下座しながら話すと、
「なぜ私の両親を狙っていたのですか?お金目当てですか?」
「あなたの店に限らずお金になる物は手当たり次第漁っていました。それは上からの命令だったのです。大変すまないことをやってしまいました…」
「上からの命令?あなたたちは騙されてたのですよ!」すると進助は、
「馬鹿なこと言うなよ。お前は陰謀論者か?」
「馬鹿なこと言ってるのはあなたの方でしょ。進助、あなたにはわからないでしょうね。親が殺された気持ちなんか。もしかして恨みがあったとでも?」珠美も負けじと言い返した。
「そんなことないよ。親父は自分の会社が赤字になり、資金提供をしてくれるところを探してたんだ。それがあの組織だった。そのおかげで会社が救われたんだ」
「そのお金も店の売上金からもぎ取ったんでしょ?それって強盗じゃないですか。お義父さんもお義母さんも悪気がなかったとしてもれっきとした犯罪ですよ」
「言っておくが、これは私や家内が直接かかわってなかったからな。確かに部下には指示を出して実行させた。だが彼らは行き当たりばったりで金になるものはとことん手に入れ、その金は我々を洗脳させたあの組織に渡った。私どもは彼に逆らえなかった」”彼”というのは先日処刑されたブラックインサイドの総統・ドクターネンチのことだった。だが今はもうこの組織は存在しない。散々彼らに振り回されたことを後悔している。もっともHAGEを闇組織にさせた張本人だが、珠美が扮していたダイヤモンド・ヴェールによって汚れた心を浄化させたおかげでHAGE一味は普通の人間として戻ることができた。
「ちきしょー!これに気づけば…珠美の親はあんなことにならずに済んでた…」進助は後悔しきりだが、珠美にとっては取り返しのつかなかった出来事に憤りしかなかった。
(つづく)