一夜(いちや)明け、おにぎり屋「じゃんけんぽん」を店じまいしてから絵美と野絵は百合園を離れ、シラハタホールディングスが村ごと買収計画中の阿沙比奈村を訪れた。一見、静かでのどかな村だが、彼らが進めている”シラハタワールド・プロジェクト”の一つであるシラハタファームのランドマーク・ホワイトフラッグタワーが着々と完成が近づいてきている。それどころか、村のあちこちに監視カメラが取り付けられ、HAGEと思われるサングラスをかけた作業員風の男たちが村人の行動を監視し続けている。
(とも子の言ってた通りだわ…大丈夫だろうか…)絵美と野絵は不安な足どりで、かたつむり農園に行ってみた。ところが、
「おい、ここで何してるんだ!」一人の男が怒鳴りつけると、
「私たちは住むところを探してるんです」
「これまでどこにいたんだ?」
「百合園でおにぎり屋をしてました。店をやめてから百合園を離れて、ここで暮らすつもりです」
「そうはさせないぞ。早くこいつらを捕まえろ!」男は仲間を呼び、二人を捕まえようとした。すると年配の男性が、
「離してやれ。この人たちは悪い人じゃないぞ。これからうちで世話になるんだ」
「黙れ、ジジイ。この女たちにようがあるんだ。てめえは引っ込んでろ!」
「そうはさせてたまるか!大事な家族だ!」農場の主人らしき男性が鍬を持って応戦したが、
「くっそー!覚えてやがれ!」男たちはすかさず逃げた。
(なんて弱っちい奴らだ。口ばかり達者で)
「もしかして、”かたつむり農園”のご主人ですか?」絵美は彼に訊いた。
「そうだ」かたつむり農園の主人・立見宗二郎は、この広大な農地で野菜や米など、一人で栽培している。妻とは数年前に死別、二人の子供は独立し、跡は取らないそうだ。
「先日、お手伝い募集のビラを見てやってきた者で…」
「そうだったか。うちは一人でやってるもんだから体力的にきつくてね…手伝ってくれるのはありがたいよ。お嬢さん、やっていけそう?」
「はい。あたしたち仕事も住み家もなくして路頭に迷ってたところだったんです。きついのは覚悟してます」
「それは大変だね。でも力仕事もあるから、お嬢さんの体力が心配だよ」
「大丈夫です。この間まで百合園でおにぎり屋をしていました。でも売れなかったし毎回借金取りに追われたことを考えたら大したことないです」
「そうでしたか、助かるよ。それでは明日から手伝ってくれ。部屋が空いてるから、そこで暮らしなよ。その代わり食事とかは自分たちで用意してくれ」
「ありがとうございます!」二人は宗二郎に感謝しながら明日からの仕事を頑張ることにした。
翌日、二人は挨拶と自己紹介をした。
「私は川山絵美。百合園市で小さなおにぎり屋をしていましたが、訳あって店を畳みました。商売の厳しさを思い知らされました」
「七村野絵です。絵美さんとは叔母にあたります。叔母さんの店を手伝っていました。これからもよろしくお願いします」
「野絵ちゃん、いくつ?」
「17です」
「見た目よりしっかりしてるな。楽しみにしてるよ」
「頑張ります。”おじさん”って呼んでいいですか?」
「いいとも。まるで自分の娘みたいだよ」家族の温もりを知らない野絵は宗二郎の優しさに感激し、また跡取りがいない彼も彼女の可愛さと健気さに頬を緩めた。
(おにぎり屋をやってたとは…うちで穫れた米で作ったら最高にうめえだろうな…また開けるといいね)この日から彼女たちはかたつむり農園で”居候”として農作業の手伝いをすることになった。翌日、小鳥のさえずり、川のせせらぎの音とともに目が覚めると、宗二郎はとっくに農作業をしていた。農家の朝は早いのだ。
「日が昇りだすとともに仕事を始めてるよ。雨なら休むけど、それでもすることはいっぱいあるんだよ」
「おじさん、おはようございます」二人は朝食を済ませ、手伝いを始めた。
「畑を耕すのはやったことがないのかね?」宗二郎は二人に鍬の使い方を教えたが、初めてのこともあり、なかなか思うようにできない。
「重いし力が入らないよ~」
「慣れたら大丈夫だ。自分も初めはそうだったよ。やっていくうちに野菜作りの楽しさを感じていくんだよ」二人は鍬を使って畑を耕していく。野絵は、
「腰が痛くなっちゃった…」絵美も、
「農家さんの苦労がひしひしと感じました。作物を粗末にできないよね」と農家の大変さを身にしみた。二人とも慣れないせいか腰を痛めたが、それでも生活のためと自分に言い聞かせている。
(おじさん、このだだっ広い農園を一人でやってるなんて…そりゃあ、おじさんもきついですよ)こうして日が沈むまでに仕事をして一日が終わり、土まみれになった二人は風呂に入って汚れを落とした。だが、腰が痛くなって次の日からの作業ができそうでない。すると、宗二郎は、
「無理するな。それでまた悪くなっては、それこそ本末転倒だ」
「大丈夫です。戦力になりたいためにここにやってきました。泣き言など言ってられません」しっかり者の野絵が言うと、
「頼もしいな」と彼女に期待を寄せた。絵美も、
「おじさんを助けたい気持ちがあるので、たかが腰を痛めたくらい大したことありません。自分を甘やかしたらますますダメになっちゃうから」と彼の言い分をはね退けた。
「また頼んだぞ」三人は遅い夕食を済ませ、自分たちの部屋で休んだ。
(つづく)