「ところで叔母さん、おにぎりをそのままにしていたら食べれなくなっちゃう。それに明日の準備もあるのに」

 「困ったわ…捨てるのはもったいないし、食べてくれる人いないかなぁ…おにぎりが泣いてるよ」二人は売れ残ったおにぎりの処分に困っていた。ホームレスにあげてもいいと思っていた。

 「きっと喜んでくれるだろうな…」その時だった。

 「あ!思いついた!」野絵はあることを考えたのだ。

 「売りに歩きましょうよ。人が集まる場所、例えば公園とか駅前の広場とか。もしかしたら買ってくれるかも」

 「そうねえ…このままだと傷んでしまうからクーラーバッグに入れておかないと」二人はクーラーバッグに売れ残ったおにぎりを詰めこんだ。

 「それ、あたしがやります!百合園公園まで売りに歩きます!」野絵の一言で絵美は彼女におにぎり売りを任せた。

 「ありがとう、野絵ちゃん。私は明日の準備をするね」

 「重いな…」野絵はおにぎりがぎゅうぎゅうに入ったクーラーバッグを引きずりながら公園まで売りに歩いた。日が暮れ始めていたが、子供たちでにぎわっていた。

 「美味しいおにぎり、いかかですか~安くしますよ~買ってくださーい」すると、小学生らしい少年がお腹を空かせながら、

 「おばちゃーん、おにぎりくださーい」

 「いらっしゃい。でも”おばちゃん”じゃなく”お姉さん”よ。何がいい?梅干し・おかか・シャケにツナマヨ、キーマカレー、色々あるよ。好きなのどうぞ」

 「全部貰おうかな?タダだよね?」

 「ごめんね。タダじゃないよ。そのかわり安くしてあげる」

 「えー?じゃ、いらない」

 「一個でもいいから買ってほしいな」

 「一個じゃ足りないよ。僕ん家、家族が多いから、家族の分が欲しいんだ」

 「何人?」

 「10人だよ。僕は3番目。姉2人、妹3人、弟2人。」

 「今どき珍しいね。じゃ、いいよ。お母さんも大変なんだ」

 「うん。母ちゃん、体弱いから病院通いで、ほとんど家で寝てるんだ。だから働きに行けないんだ」

 「体弱いのに、そんなに産んで兄弟たちが可哀想よ。お父さんは?」

 「単身赴任で年に一回しか帰ってこないよ」

 「全部あげちゃうから、元気出してね」野絵は少年にクーラーバッグに詰め込んだおにぎりを全部あげることにした。

 「ありがとう、お姉ちゃん!でもこんだけ重いと持ち帰れるかな」

 「あたしが家まで持って帰るの、手伝ってあげる」

 「ありがとう」野絵と少年はクーラーバッグを下げながら、少年の家まで持ち帰った。

 「じゃ、お母さんや兄弟によろしくね」

 (子供8人…養うの大変…ま、喜んでくれたらいいか。でも売り上げにならなかったし、叔母さん怒ってるだろうな…)野絵は店に帰ると、絵美は心配そうに彼女を見つめていた。

 「ただいまー」

 「お疲れ。どうだった?全部売れたの?」

 「大家族の男の子に全部あげちゃった」

 「え?どうして?」

 「この子、兄弟が8人もいて、お母さんが病気で働けないの。一個でも買ってと言ったら”タダじゃないといらない”って」

 「でも売り上げにはならないから、あげてもらってもね…」

 「ごめんなさい。ただ可哀想だったので…」

 「気持ちは分かるわ。でもね、売るために行ったのでしょ?それだと一個も売れなかったことになるのよ、わかる?」絵美の一言に野絵の頭の中は、理解できずに混乱していた。そして涙ぐんだ。ただ自分を責めた。

 「でも、野絵ちゃんは悪くないよ。売れるはずがないのに作りすぎちゃって…こんな状態で店を続けるのはもう無理かも…」絵美は詰んでいた。積み重なった借金の返済に困っていた彼女は、とうとう明日限りで「じゃんけんぽん」を畳むことを決意した。野絵とともに新たな移住先を考えていたところ、阿沙比奈村にある”かたつむり農園”で人材募集のビラを見つけた。

 「とりあえず店はあきらめて、先のことを考えないと。どうせここから出ないといけないから」絵美がこぼすと、

 「そっちの方がいいじゃない。のんびりできそうだし。お店はいつでもできるのだから」と野絵はそこで働きたい意思があった。

 (阿沙比奈村って、とも子が住んでるところじゃない…)和志田とも子とは、絵美の高校時代の同級生で、とも子が結婚して三人の男の子の母親になっても付き合いをしている、数少ない友人でもある。が、その時だった。絵美のスマホの着信音が鳴った。

 「もしもし、とも子?久しぶり。皆、元気なの?」

 「絵美、お願い、助けて…」

 「いったい、どうしたの?」絵美はとも子の一言に返す言葉もなく動揺していた。助けを求められても自分の店も同じような状況だから他人を助ける余裕はない。

 (うちも助けてほしいのに、こののどかな村に何があったのだろうか…)

 「うちの店もかなり経営厳しく借金も増えて取り立て屋が来るたびに…そうしないと立ち退きになるのは必然です。おじいさんから継いだものだから、そう簡単に手放せなかった。それに姪っ子も一緒に住むようになって…」

 「そうなんだ…」

 「それが…店を明日限りで畳むことになったの。もうここではやっていけない。おにぎりもさっぱり売れなくて。おじいさんには申し訳ないが、取り立て屋から逃れるために手放すことに決めたの」

 「で、どこに住むか決まったの?」

 「ちょうど阿沙比奈村の農場で求人のビラを見たのだけど、住み込みもできるそうよ。だからそこでやってみようと…」

 「でも、仕事はきついらしいよ。3Kだけど、やっていけそうなん?」

 「最初は慣れないからきつく感じるだろうけど、生活のためなら頑張っていけそう」

 「絵美、知ってる?隣、花屋さんだったよね?そこの夫婦が何者かに殺されて、店の売上金まで盗まれて…娘さんが配達から帰って気づいたのよ。その娘さん、息子の担任の奥さんなんですよ」

 「そうだったんだ…”リリーガーデン”だっけ?そういえば店の前にパトカーや救急車が止まっていたわ…犯人はまだ見つかってないそうよ」

 「目撃した情報は一度も入ってきてないみたい。おそらくお金目当てにやったとしか。しかも他にも同様の犯行がいくつもあったって…」

 「え?犯行はそれだけじゃなかったってこと?」

 「とにかくお金欲しさにやったのだけど自分の懐には入れずに、そのお金を集めて、どこかへ献金している。これは噂だろうけど」とも子はこの村が緊迫している様子を絵美たちに伝えた。

 

 

 (つづく)