翌日ー

 「じゃんけんぽん」の朝は早い。絵美は厨房でおにぎり用のご飯を大きな炊飯器で炊いていた。野絵はまだ就寝中だった。まもなく彼女が起床、

 「あ、店の準備手伝わなきゃ!叔母さん怒ってるかな」慌てて厨房に入ると、

 「おはようございます!寝坊してすみません」

 「あら、おはよう。よく寝れたでしょ?もうすぐ炊き上がるから。よし、できた!」

 「いいにおい…お腹空いちゃった」

 「あら、まだよ。これから作っていかないと」

 「美味しくおにぎりを作るには炊き方だって。研ぎ時間は2分以内、吸水時間は30~1時間半。水加減を5%減らす。炊き上がりのご飯は全体をしっかり返す。具を包むときは、半分のご飯を手に取って具を全体に伸ばす。残り半分のご飯を上から乗せて2,3回軽く形を整える程度に握る。あと塩加減は具の塩分が強い場合は控えめに、だって」

 「よく知ってるね」

 「うん。あたしなりに調べてみたんだ。昨夜、寝る前にね。どうすればコンビニに負けないくらいの美味しいおにぎりができるかって」

 「じゃあ、私が作るのを見ててね」野絵は絵美が作るおにぎりをじっと見つめている。

 「ご飯が炊きあがってから5分くらい冷まして、混ぜるときは空気をたっぷり含ませるようにひっくり返す感じで全体を軽く混ぜる」 

 (わ~!ご飯がツヤピカ~すぐにでも食べたくなっちゃう)

 「握る時、熱くない?手がやけどしそう」

 「そうしないと美味しくなくなるのよ。冷ましすぎてもいけないから粗熱が取れるくらいでね。具を包むときは、ご飯を手の平に乗せて真ん中をくぼませて具を乗せる。その上からご飯を乗せて軽く握る。回数は2,3回くらいね。あまり握りすぎては美味しくなくなるよ。じゃ、野絵ちゃんやってみる?」野絵は絵美に握り方を教えてもらうが、生まれて初めてのことで不安でいっぱいだ。

 「え…と、塩加減は…」

 「指3本でちょこっと付けるくらいね」それでも野絵は作ってはみたが、なかなか上手くいかず、手にご飯がひっついてしまう。

 (あたしって不器用なんだな…)すると絵美はアドバイスをして、

 「それなら茶碗にラップを敷けば上手くできるよ」野絵は言われた通りにやってみると、

 「できた!案外簡単だったよ!」

 「初めてにしては上出来ね。店に出してもいいくらい。私が味見してみるわ」絵美は野絵が初めて作ったおにぎりを食べてみた。

 「美味しい!塩加減もちょうどいいし、握り方もふんわりしている。これくらいの出来なら十分よ」

 「なんだか”師匠”に褒められたみたいで自信ついちゃった。戦力になるのはまだまだだけど」

 「”師匠”って大袈裟ね。慣れですよ。経験積めばね。あとは買ってきてくれるお客さんに満足してくれるか。まだまだ作らなきゃ、開店時間まで間に合わない!」絵美は照れくさそうに笑いながら慣れた手つきでおにぎりをどんどん作っていく。二人は開店時間までに間に合うように作っていった。

 「なんとか間に合った!」作ったおにぎりは種類別にショーケースに並べた。そして店の暖簾を掲げて、いよいよ開店。しかし、人通りが多い割に店を素通りしていく。

 (やっぱりコンビニに流れていくのね…何か工夫が足りないのだろうか)開店して一時間が経っても買ってくれる客が一人も来ない。その時だった。一組の親子連れが買いに来てくれたのだ。4,5歳くらいの子供を連れた若い母親だった。

 「いらっしゃいませ~」この母子は常連で、数少ないリピーターだ。この店のおにぎりを食べだしてからコンビニや他店のおにぎりは食べられないそうだ。

 「あら、新しく入ってきた子?」

 「うちの姪だよ。私の姉の娘よ」

 「そうですか。元気なお嬢さんですね」

 「ありがとうございます」野絵はニッコリ微笑んだ。

 「また買いに来ますね~」

 「バイバ~イ」彼女はその子供に手を振った。結局、この日に買いに来てくれたのはこの母子だけだった。

 「すごく売れ残ったね…作りすぎたのかも…何がいけなかったのだろう…」米の研ぎ方・水加減・炊き方・具の包み方・握り方…様々な工夫をしてきた、なのに、どこの何がいけなかったのだろう。店の雰囲気が暗いとか目につくようなレイアウトがないとか。それでは客が寄り付かないのは当然かもしれない。少しでも借金を返したいために売り上げを伸ばさないと、毎月取り立て屋がやってくる。絵美はその日が近づいてくるたびに頭を悩ませ、眠れなくなるのだ。

 「こんなに売れ残っても、うちでは食べきれないし、おすそ分けしてもいいけど…」

 「このご時世、赤の他人の素手で握ったおにぎりは不衛生で食べられないから、コンビニやスーパーで買っちゃうもんね。でも、そういう人、本物のおにぎりの味は知らないと思う」

 「手で握ったのと、機械で握ったのとはほとんど変わらないみたい。進化した、というか職人さんが握ったみたいにできるって。それに衛生上好まれてるし」

 「ところで叔母さん、どうしておにぎり屋を始めたの?」

 「うちは昔、おじいさんが食堂をやってて、物心ついた頃には店を手伝ってたの。学校から帰ってきてからでも休みでも。友達と遊びに行くことがほとんどなかったよ。そのうち自分の店を持ちたい、という夢を持つようになって。そのおじいさんも亡くなって跡取りもいなくなった。でも、おじいさんと約束したの。”お前が店を持ちたければここを使え”と」

 「跡取りいないって、この店を継ぎたくなかっただけでしょ」

 「両親は大して儲からないから継ぐのは絶対嫌だった。共働きだったし。それに昔ながらの食堂だから、おしゃれなカフェやレストランに客を取られてしまったし。特に若い人には、こんな古くさい食堂に魅力なんて感じないし清潔感もなくて」

 「古くさい食堂だって一つや二つ良いところがあるのになあ…人情味があふれてるというか、なんだか落ち着きそうで」

 「野絵ちゃん、いいこと言うよね。見た目以上にしっかりしてるよ。なんだか頼もしいな」

 (照れくさいな…叔母さん子供がいないから、あたしを我が子のように可愛がってくれるから嬉しいな。あたしにはお母さんがいないから叔母さんが本当の母親と思っちゃう)

 

 

 (つづく)