「そうだ!お天気いいから公園あたりを散歩しましょうよ」玉恵は散歩に連れていくことを考えた。
「いいよね。せっかくいい天気だし、きれいな空気吸いたいよね。それにリフレッシュにもなるし」母・美雪は賛成だ。
そして玉恵・エツコ・翠の三人は、車椅子のまりあを押しながら近所の公園まで散歩に行った。空は雲一つない青空で穏やかな日差しがさしていた。まさに散歩日和だ。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「久しぶりの外の空気、なんておいしいのだろう」まりあは大喜び。三人も彼女の笑顔を見て一安心だった。木々の緑を見ていると、普段の喧騒を忘れるほどだった。
「こうやって歩いてるのも、最後にならなければいいが…」まりあは再び入院生活に入ると思うと、もうそこには戻りたくない気持ちになった。
「まりあちゃんの好きな食べ物ってなんだっけ?」
「マグロのお寿司かな」
「じゃ、買ってくるね」三人は帰宅途中、スーパーに寄ってマグロのお寿司を買うと、早く食べたい!とまりあは待ちきれない様子だった。そして帰宅。
「お母さん、ただいま~」
「おかえり」
「まりあちゃん、とても喜んでましたよ。私たちも元気をもらいました」と、玉恵。母の美雪も、
「よかったわね。顔の色つやもよくなったみたい」
「そうですか。それはよかったです。思いっきり楽しんできましたよ」その後、まりあは好物のマグロのお寿司をペロリと平らげ食欲も増してきた。
「おいしい~これで元気になりそう」彼女はゴキゲンだった。三人も嬉しそうな姿を見て眼を細めた。
「短いながら楽しい一日でした。今日はありがとうございました。まりあちゃん、元気になって再びモデルの舞台に立てるよう祈っています。お母さんもくれぐれもご自愛ください。お父さんにもよろしくお伝えください。それでは失礼します」
「皆ありがとう!必ずよくなってモデル界に戻ってきます!」
三人はまりあと美雪にお礼を言って目崎家を後にした。あれから三人は和気あいあいと語りながら事務所に戻った。
「おかえり。どうだった?」と。唯子が言うと、
「散歩に連れってたけど、すごく喜んでたよ。そしたら途端に元気になったみたい」
「それはよかったです。これでよくなるといいですね」と、そらは眼を輝かせた。
メイク室に行くと、全身コーデされた衣装がクローゼットにしまわれていた。それは、まりあが”ミドコレ”で着るはずだった衣装だった。コーデしたのは、もちろん玉恵だ。至るところにきらびやかなレースが施され、暖色系でまとめられた彼女らしいコーデだった。翠に切り刻まれずになんとか免れた。
(まりあちゃん、これを着るんだったんだ…楽しみにしていたのになあ…元気になったら、これを着てショーに出てほしいな)
「先輩、何見てるのですか」そらは玉恵に訊いてみると、
「見て、私がコーデしたの。綺麗でしょ。まりあちゃんが”ミドコレ”で着る予定だったの」
「素敵ですね。でも無事でよかったです。チーフに切り刻まれるところでしたよ」
「そうなんよ。それだけは何としても”死守”したかったから」
「大事にしてほしいですね。いつか着れるのが楽しみですね」そらは振り返ってみると、エツコと翠がいた。
(あれ?チーフ、もう来ないと思ってたのに…どういうこと?)
「まりあさんに会ってきたのですね。あなたたちのやってきたこと、彼女は許してくれましたか?」
「なんとか許してくれたよ」
「…そうですか」
「もう会えないと思って、この場で謝っておこうかと…」翠の口調は職場を去ってから随分穏やかになった。
「ところで、お子さんは?」
「施設に預けたよ。その方がこの子にとって幸せになるかと。あたしも運よく安いアパートで暮らすことになったよ」
「よかったですね」
「あたしは天涯孤独になってしまった。家族に見放され、両親からも縁を切られ、兄さんたちからも消息が絶たれて…」
「それって、自業自得ではないでしょうか」翠から一方的にやられていたそらは、立場が逆転したかのように感じた。翠は彼女に噛みついたり反論することもなくなっていた。
「チーフにはひどいことをされてきました。私がせっかくコーデした衣装も、あの出来事のせいで一生忘れません。今さら反省しても許されるとでも思ってるのでしょうか」
「…そら、悪かったよ。あたし心を入れ替えて、いつかまた、この業界に戻ってくるよ」
エツコも、
「彼女もこう言ってるのだから許してあげなよ」そしてエツコと翠はそらに一切口出しせず、彼女の元から離れていった。だが、翠はこれまでの自分の軽率な発言や行動に冷静さを取り戻すが、再びこの業界に戻るのは難しいだろう。
「あー、やれやれ。あの二人に散々振り回されてきたもの。いなくなって清々しちゃった」と、そらはホッとした。
(つづく)