次の日、玉恵は「Office MIDORI」で、まりあの容体について話した。
「まりあちゃん、実は白血病だったんです…。しかもかなり症状が進んでて、あちこちに転移してて予断を許さない状況になってます。おそらく余命も半年くらいでしょう。先日、見舞いに行ってきましたが、面会を断られました。あれから無菌室に移されたそうです」
「てっきり風邪が長引いて肺炎起こしてたかと思ってた。まさか白血病だったなんて…」モデル仲間やスタッフたちはショックを隠せず、仕事も思うように捗れなかった。そんな日々が数週間続き、その時だった。玉恵のスマホの着信音が鳴った。まりあの母・美雪からだ。玉恵は彼女に連絡先を教えていたのだった。
「もしもし、お母さん?この間はありがとうございました」
「急にビックリさせてごめんなさいね。娘の容体が落ち着いてきたので外泊の許可が下りたのです。一週間後になりますが、たった二日間だけど、ぜひとも会いに来てくださいね。おそらく最後になるだろうけど、娘も楽しみにしてますよ」
「そうですか!ぜひ会いに行きます!その節はお世話になります!」
「しばらく無菌室で過ごしていましたが、一般病棟に移りました。ただ、大勢で来られると身体の負担になりますから、せいぜい二、三人まででお願いしますね。娘も早く元気になって仕事に戻れるように主人も私も祈ってます」
「誰からよ」と、社長のエツコ。
「まりあちゃんのお母さんからよ」
「私、会いに行きたい!」
エツコは翠と一緒に行くことを考えているが、翠はすでにいなくなったし、来られてもまたひと悶着しそうだ。しかし、彼女はその場で謝りたいと、どうしても行きたいというのだ。
(チーフが謝ったところで許してくれるとでも思ってるのか。まりあちゃん、彼女に対してかなり恨みを持ってるからね)
エツコは皆に声をかけた。
「私と、翠と、あと一人…」
(なんで社長とチーフが行かなきゃなんないの?まりあさん、いい迷惑だよ)
「異議あり!」
「あら、何が不満なの?彼女に謝りたいのよ」結局、エツコ・翠・玉恵が会いに行くことになった。エツコはさっそく翠に連絡を取ると、
「まりあが今ガンで入院してて、明後日から二日間外泊だって」
「そうだったんだ…でももう関りがないから。行きたければ社長が行ってきたら?」
「何無責任なこと言ってる!会いに行くにせよ最後だろうよ!彼女に謝っておこうよ」
「……」翠は何も言い返すことなく沈黙していた。
そして一週間後、まりあの外泊の日がやってきた。彼女は車椅子に乗せられ、抗ガン剤の影響か自慢の長い黒髪は抜け、ショートボブのカツラに白いニット帽を被っていた。ずっとベッド上での生活のため、一人で歩けないほど足腰が弱りだいぶ痩せ細っていた。
「こんにちは。お邪魔します」
母の美雪が出迎えてくれた。
「この度は娘に会いにきてくれてありがとうございます。ご覧の通り、娘は病と闘っています。接するときは優しくしてあげてください」
変わり果てたまりあを見たエツコと翠は、
「まりあさんにひどいことをしてしまい、すまないと思ってます。彼女に会えるのは最後だと思って、この場を借りて謝りたいのです。本当に申し訳ございませんでした」と、土下座しながら謝った。
「あなたがたが娘に何をしたのかわかりませんが、気持ちは伝わりました」と母の美雪が言うと、
「やっと許してくださるのですか。元気になって戻ってきてください」とエツコはホッと安心した。とはいっても、この時だけ”善人”ぶってるのがミエミエだろうけど。
すると、まりあが重い口を開くと、
「皆ありがとう。私は生きててもあと半年。助かる見込みもほとんどなくなりました。でも命ある限り、一日一日悔いのないよう過ごしていきます」その言葉を聞いた翠は涙を浮かべた。
「チーフ、どうしたの、子供は?」
「施設に預けたよ」
「ええっ?自分で育てるって…」
「色々考えたけど、そっちの方が幸せになれるかと」
「他人の男とデキた子供まで捨てるとは…」まりあのその一言で翠はキレそうになったが、そこはぐっとこらえていた。そして、
「まりあ、ごめん…。あんたに散々ひどいことをしてきた。ケガをさせたことも謝らなかった。だから許して…」
「許す許さないの問題じゃないです。あなたが十分反省してるのならそれでいいです。”Office MIDORI”がますます発展するように祈ってます」
翠はとうとう泣き崩れ、
「ごめんね…ゴメンね…あんたが楽しみにしていたショーをブチ壊して…それなのに他人のせいにして…チーフとしてやってはいけない行為だったし、恥ずかしかった…」
(それって、”なんとかの眼に涙”というんだっけ?)
エツコも、
「翠もちゃんと謝ってるのだから、これからはスタッフ一同、力を合わせて事務所を発展させていくよ」と決意した。
(つづく)