「まりあさん、しっかりして!大丈夫ですか?」スタッフの一人、唯子が声をかけた。

 「病院で診てもらいましょうよ」

 

 「大丈夫です。貧血かもしれないし。最近、食欲もなくなって…」まりあの顔は青ざめていた。

 

 「でも、心配です。明らかに栄養失調ですよ。しっかり栄養をつけて、ゆっくり休んでください」

 

 「ありがとう。ちょっと動いただけでしんどいの。とりあえず家に帰って休みます…」

 モデルの仕事上、食事制限が欠かせないとはいえ、体を壊したら元も子もない。おそらく彼女も食事には人一倍気を遣ってたのだろう。

 

 「じゃ、お大事になさってください。くれぐれも無理をなさらないでください」と、そらもまりあの体調に気遣った。

 

 まりあは家に帰ると、食事も摂らずにそのまま床についた。

 彼女の家族は両親と姉。姉はすでに嫁いで二人の子供がいる。父親の麟太郎は長年勤めた食品会社をリストラされ交通整備員として働いている。門限が厳しく、彼女の帰りが遅いと怒鳴り説教をする。家の鍵をかけて入らせないこともしばしばだ。「EMILS」の読モをしていた頃、やたら干渉をしてモデル業を反対していたが、軌道に乗り始めると、うって変わって手の平を返し応援するようになった。学校の授業や受験に差し支えたため、高校進学をあきらめた。一方、専業主婦の母親・美雪は対照的におおらかな性格で、娘の将来を後押ししてくれた。おかげでモデル業が続けられることで一家の生活を支えているのだ。

 

 翌日、起床すると、

 「あれ…起き上がれない…熱っぽいし、疲れも全然取れてないし…」と、体の異変に気づいた。

 

 「まりあ、仕事に遅れるよ」と母の美雪。

 

 「ごめん。今日も休ませて」

 

 「ちょっと、どうしたの?病院行けば?」

 

 「風邪引いたみたい。熱っぽいし。これから行ってくる」

 

 「救急車呼ばなくていいの?自分で行けるの?」

 

 「うん。タクシーで行くから」まりあはタクシーを呼び、病院に向かった。

 

 ちょうどその頃、「Office MIDORI」では、

 「まりあちゃん、そういえば顔色悪いし、やつれてしまって…今日も休むって」玉恵や唯子らが心配する一方、翠は、

 

 「あたしにたてついた罰よ。いい気味だわ~」

 

 「ちょっと、チーフ!あまりにも不謹慎じゃないですか。彼女、苦しんでるのに」

 

 「だって本当のことじゃない。ショーが出られなくなったから悔しかっただけでしょ」

 

 「そうさせたのはチーフじゃないですか!悔しいのはまりあちゃんだけではありません。裕一郎さん、翔馬くんやのあちゃん、つむぎちゃん、陽奈ちゃん、招待されたモデルさんたちだって同じ気持ちです」

 

 「……」翠は何も言えなかった。そして言葉を詰まらせながら、ボソッと話した。

 

 「あたし、この仕事辞めた方がいいかな?誰もあたしの味方になってくれなくなったし。寂しいよ」

 (おいおい、かまってちゃんかよ…)

 

 「それ、皆に訊いてどうするのですか?自分で決めることじゃないですか」

 

 「ねー、そらちゃんはどう思ってる?」彼女はそらに訊いてみた。

 (こういう時に限って”ちゃん”付けとは…。さんざん私をイジメぬいて今さら何を言ってるのか…私のやることなすことが気に入らなかったくせに…)

 

 「私はチーフがいなくてもやっていけます。チーフに任せてもまた同じことをやらかすと思います。私のどこが気に入らないか教えてください」

 

 翠はムッとしながら、

 「あんたの顔、育ち、しぐさ、ネガティブシンキング、陰キャ…あんたを見てたらイライラしちゃうのよ。あんたがあまりにも無能だからよ」

 

 「そうかなぁ…チーフ、それは間違ってると思います!そらちゃんもチーフに追いつこうと一生懸命頑張ってますよ」と、唯子が言うと、

 

 「また、あんたか…いつもあの娘の肩持って。あたしに追いつく?笑わせないでよ。いくら頑張ったところで永遠に無理よ」

 

 「そんなことありません!だって、裕一郎さんの専属になったんですよ」

 

 「え?」

 (そういえば、彼とばったり会った時に言ってたな…もうお前は俺の専属じゃないって…)

 

 「そらちゃんも、やっと認められたんですよ。チーフは社長と寄ってたかって田舎者だ貧乏だの馬鹿にしてたけど、彼女のセンスは天性のものだと思ってます」

 

 「唯子先輩…」そらは唯子に抱きつき涙を流した。

 

 「そらちゃん、泣かないで…私まで泣いちゃう」

 

 「ううん、嬉しくて」彼女にとってやっと希望の光がさしこんだ。

 (これで母さんも喜んでくれるだろう)、と。

 

 翠はふてくされて、

 「もういい!あたしは帰る!あたしはもう用無しでしょ!」と、職場を飛び出した。あれから職場に戻ることは二度となくなった。

 

 「あ~あ、帰っちゃった。もー、すぐキレるんだから。このまま辞めちゃえばいいのに」

 (二度と来ないでね、パワハラ女!)

 

 

 (つづく)