翌日、翠は寒空の下、緑人を抱っこしながら住み慣れた我が家を後にして実家に帰った。だが、両親は娘の突然の出戻りに快く応じなかった。それどころか、夫と孫を置いて出て行ったことに憤りを感じていた。

 「ただいま~旦那に追い出されたよ。もうお前とは暮らしていけないって」

 

 「あんたがよその男とデキてたのは知ってたよ。それも売り出し中の役者なんだってね。旦那さんや萌ちゃんが可哀想と思わないの?」

 

 「だーかーらー、あたしは追い出されたんだってば」

 

 「しかもあんたのせいで大事なショーも中止になったんでしょう?そればかりか、相手の俳優さんのイメージまで下げて!親として恥ずかしいよ。この親不孝娘が!当然慰謝料や養育費も払うんでしょうね?」セレブ御用達のブティックを営む母はカンカンに怒っていた。

 

 ところが翠は、

 「お願い!可愛い娘と孫のために払ってほしいの。あたし貯金なくなったし…」

 

 「いったい何に使ったんだ?ふざけるな!責任果たすのがお前の役割だろうが!お前は一流スタイリストのはずだろ?お前を甘やかした我々のせいだ」資産家で巨万の富を築いた父もやはり、怒りで声を震わせていた。

 

 「一流だからって、金稼いでるわけでもないよ」

 

 「まさか男に貢いだのか?」

 

 「まあね」

 

 「家庭を顧みない出来損ないのお前は家族に捨てられたんだ。慰謝料の肩代わりをしてほしいって、虫がよすぎるだろ!」

 

 「ね、お願い。それだけでいいの。あとは縁を切るなり好きにすればいいよ」

 

 「わかった。そのかわりお前とは黒井家との縁を切る。二度と敷居をまたがせない。もちろん、その孫も抱きたくない」

 

 「その覚悟はしてるよ。あたしは緑人と安いアパート借りて暮らしていくから」緑人は翠に抱っこされすやすやと眠っている。その寝顔を見て彼女は涙を浮かべた。もし両親は緑人が萌木と血がつながってたら抱いていただろう。

 

 「まったく、自分の首を絞めることをするなんて、甘やかされて自由奔放にさせたツケが出たんだよ。慰謝料は肩代わりする。それでいいんだろ?」

 

 「ありがとう。おかげであたしは生き延びることができるよ」

 (こっちは寿命が縮まったよ)と、両親は苦笑いしたが、娘と絶縁になると思うと複雑な気持ちになった。そして翠は両親に最後の挨拶をした。

 

 「お父さん、お母さん、あたしを産んでくれてありがとう。あたしはあなたたちの娘でよかったと思ってます。たった一人の娘としてここまで育ててくれて感謝してます。でも、あなたたちの娘でなくなると思うと寂しく感じます。これからは緑人と生きていきます。今までありがとうございました」彼女はためていた涙を流し、両親との別れを告げ実家を離れた。完全に孤立し住むところをなくした彼女は路頭に迷い安いアパートを探し歩いた。しかし都心で土地代が高いのか、なかなか見つからない。

 (このまま息絶えていくのだろうか…)彼女は絶望感に陥った。

 

 その時、緑人を抱っこしながらふらついていると、たまたま通りすがりだった裕一郎とばったり出会った。

 「あら、ゆうちゃん、久しぶりね。こんなところで会うなんて偶然ね」すると開口一番、

 

 「言っておくが、もうお前は俺の専属スタイリストではない。あの件で信用を失った。後任はとっくに決まっている」と言い放った。

 

 「え?誰よ」

 

 「そらちゃんさ」彼の一言で翠は一瞬固まった。

 (開いた口が塞がらないわ…まさかあのダサ田舎娘が専属なんて…)と、信じられない様子だった。

 

 「あの娘に任せて大丈夫なの?彼女、センス皆無だし。コーデさせてもイモ臭くてダサいもの」

 

 「そんなことないよ。なかなかいいセンスしてるよ。伸びしろもあり、彼女には期待してるんだ。まさに磨けば光る”原石”だよ」

 (原石?あたしからみればただの石ころよ。いくら磨いても光らないって)翠は笑いをこらえながら、

 

 「事務所がここまで大きくなったのは、あたしや社長のおかげじゃない。少しは感謝してね」

 

 「はぁ?あんたのおかげだと?ショーをブチ壊した張本人のくせして、どの口が言うか!」

 

 「あの時は悪かったわよ。招待されたモデルたちにも取り返しつかないことしたし」

 

 「だからその償いはしっかりやってくれよ。俺らだって楽しみしてたんだ。それに、この赤ん坊の父親、旦那との子供じゃないだろ?」

 

 すると、翠はキレて、

 「もうあたしのことはほっといて!あたしはこの子と暮らしていく!」とその場から逃げるように去った。裕一郎は返す言葉がなかった。

 

 数日後、翠は久々に職場復帰をした。

 「やっと職場復帰できた~やっぱりこの仕事は天職よ。辞めたら生きがいがなくなっちゃうもの」

 だが、「Office MIDORI」のモデルやスタッフたちの、彼女を見る目は冷めていた。

 

 「まさか不倫してたなんてサイテー。そりゃ旦那さんも怒り心頭だよ。そればかりか、実家からも縁を切られちゃって。家族に捨てられて、プライドもガタガタに傷ついたみたいね」

 

 「おかしいと思ってたよ、お腹の子。水樹リョウとデキていたとは。彼もあの件でイメージダウンして役者生命オワコンになっちゃったもの。可哀想に」

 

 翠は四面楚歌になり、

 (誰も味方になってくれなくなった。あたしがやってきたことは自業自得と思ってる。親に縁を切られ旦那や萌、リョウも傷つけた。ゆうちゃんにも専属を切られたし、さんざんあたしがいびってたそらにまで…もう取り返しつかない。でも今さら悔やんでも、どうしようもない)と、詰んでいた。特に萌木は保育園でいじめに遭わないか心配している。

 

 側にいたまりあが、

 「あ~ら、旦那さんに捨てられて気の毒ね~可愛いお子ちゃまと仲良く暮らしてね~」

 

 「うるさい!いい加減黙れ!二度とその口をきかないようにしてやるわ!」

 

 「あら、本当のこと言っただけじゃない。不倫して汚らわしい!」

 その時だった。突然まりあがふらつきながら倒れた。

 

 

 (つづく)

 

 

 

 

 おれらだって