その時だった。翠に異変が起きていた。彼女のお腹が日に日に大きくなっていたのだ。これまでは夫や仲間たちにバレないよう、さらしやコルセットを巻いてごまかしてきたが、ここまで大きくなってくるとどうにもならなくなってきたのだ。臨月に入ったのだ。
「チーフ、ところでどうしたの、そのお腹。もしかして二人目ご懐妊?」
「そんなわけないでしょ。ちょっと食べ過ぎただけだよ」
「どうみてもおかしいですよ。今から病院に行った方がいいですよ」スタッフたちは彼女のお腹を見て違和感を持った。
「大丈夫、大丈夫。大したことないって。ほんと大袈裟なんだから」
そんな強気な翠が急にうずくまるように倒れた。まりあは、
「ざまーみろ!バチが当たったのよ!」と嘲笑ったが、翠は再びキレて、
「また同じ目に遭わしたろか?」
「あーら、お腹に悪いわよ。あんまりカッカしてると」
「うっせーわ。あんたにはわからないわよ」
「早く救急車呼んで!」唯子たちは慌てて救急車を呼ぼうとすると、
「呼ばなくていいよ…」と翠は声を絞らせた。
「何言ってるのですか。もしものことがあって大変な思いをするのはチーフですよ」
翠はなんとか立ち上がろうとしたが、足元がふらついて上手く立てない。倒れそうになったが、唯子とそらが支えてくれた。
(だから無理しなくても…どこまで意地っぱりだか)スタッフたちは心配するものの、彼女の頑固さに辟易していた。やがて救急車が到着、担架に乗せて病院に運ばれた。
「ここはどこ?」翠が目覚めた場所は病院のベッドだった。この病院は、ついこの間まで裕一郎の妹・咲子が勤めていた。
(だから入院したくなかったのに…)腕には点滴の針が刺されていた。ボーッと天井を見つめながらため息をついた。そして看護師が入ってくるなり、
「早くここから出させて!あたし、ここにいたくない!」と噛みつくと、
「黒井さん、落ち着いてください。もうじき新しい家族が生まれますよ。あと少しの辛抱です」
(新しい家族?萌に弟?妹?そういえば検診に一度も行ってなかったわ…)すると翠に笑顔がほころんだ。が、不安もあった。
(でもパパは旦那じゃないんだ…もしそのことが旦那にバレてしまったら…)弟か妹の誕生までに、彼女はおとなしくベッドで横たわっていた。
そして数日後、陣痛が起き分娩室へ。男の子を無事出産、「緑人(りょくと)」と名付けた。
(やっと生まれた…萌に弟が生まれたんだ…でも旦那にわからないようにしないと…もしわかってしまったら”俺の子ではない””DNA鑑定が必要だ”になっちゃうだろう…)
萌木にとって待望の弟の誕生ではあるが、父親が違うと知ったらショックだろう。いっそのこと里親に任せるか養育施設に預けるか考えているが、せっかくお腹痛めて産んだ赤ちゃんを易々と手放せない。
(ごめんね、緑人…あたしは育てられるだろうか。旦那や萌のことを考えたら…)
(つづく)