そらが”Office MIDORI”に来なくなってから数日経つが、翠を除くスタッフたちは彼女を懸命に探しても見つからなかった。

 (どこかで身を投げ出したのだろうか…)と心配はあがっても、エツコと翠は、

 

 「いつまでいなくなったあの娘の心配をしてんのよ!どうでもいいでしょ!いなくたっても別に困ることじゃないでしょ!私らはいなくなって清々してるわ」

 

 その時、そらは自分のアパートに帰っていた。

 (どうか私を探さないでほしい…)職場を飛び出してからしばらく彷徨う日々を続けていた。そしてこれからについて考えていた。

 

 (疲れたな…寝て忘れるとするか…)やがて眠りにつき、翌日は休みのため、母・五美に電話をかけた。彼女は近くの飲食店で短時間ながらパートをしているが、偶然にもこの日は休みだった。

 「もしもし、母さん…」

 

 「そら、元気でやってるの?ところで、どうしたの?自分の夢はあきらめたの?」

 

 「うん…私やっていけそうでない…一人前になって親孝行したかった。でも現実は甘くなかった。足手まといになってダメ出しばかり喰らって…ごめんね…」

 

 「あんたが辛いのはわかるわ。でも夢はあきらめてはダメよ。一度決めた夢は最後まで貫き通さないと」

 

 「夢はあきらめたくないわ。だけどチーフから”あんたの顔は見たくない、一緒に仕事したくないって”」

 

 「どこの職場でも、そういう人がいるよ。私だって”貧乏”だの”疫病神”だの、ひどく言われてる。それでも自分に言い聞かせてそらのために頑張ってるのよ。気にしたところで仕方ないでしょ?」

 

 「言い方が上から、というか私だけに辛く当たってるの。彼女には逆らえないの」

 

 「そのチーフも業界から崇められてるのでしょ?あんたは彼女に追いつこうと一生懸命になってるのでは?それが裏目に出ているんじゃない?無理があるよ」

 

 「チーフに認められるくらいになりたいけど、彼女の横暴な性格だと無理だよ。やっぱり向いてなかったのかも…」

 

 「何言ってるの!弱音吐いて!自分が選んだ道でしょ?そこから、どうやって生きていくのよ!」

 

 「だって…だって…情けなくて…私が社長やチーフのストレスのはけ口にされてるからどうしようもないよ」

 

 「悔しければ、そのチーフをギャフンと言わせるくらいにならないと」

 

 「母さん…私に期待しても絶望的だよ。もうタヒぬしかない…私は要らない子なんだ…こんな親不孝な娘なんて要らないでしょ…」

 

 「そんなことないよ。大切な娘だよ。自分が一人前じゃないから、せめて娘のあんただけでも…」

 

 「もういいよ…私に期待しすぎても母さん、疲れるだけだよ。じゃ、切るね…」

 

 そらは長々と五美と話した後、愚痴を聞いてくれるどころか、叱責された。親を喜ばせ、楽にさせたいのはわかっている。だけど自分の非力さを責め、期待に応えられない。励まされたらどれだけ自信につながるか、母はわかってくれない。

    

 そらの父親は、彼女が物心がついてない頃に交通事故で亡くしている。なので父の顔を知らずに育った。彼女はふと思ったのだ。自分は色白でブロンドかかった茶髪に青みがかかった瞳、もしかして父親は外国人だったのか、母・五美にそのことを問いかけたが(あんたには関係ない。外人だろうがなかろうがどうだっていいじゃない。これは私だけの秘密だから)と父については何も教えてくれなかった。

 

 (母さん、秘密や隠し事があるのなら私は怒らないから、教えてほしい。私の父さんは外国人なのか)と。そらはモヤモヤしてスッキリしない。いち早く解決してほしいことなのに、なぜ封印するのか。母が生きている限り、秘密にしたい理由があるのだろうか。でももう天国にいるから会いたくても会えないから仕方ないのか。悩んだところで前に進まない。いつか明かしてくれる、と信じて。

 「さ、明日から仕事。ショーに向けてラストスパート!チーフたちの足手まといになっちゃダメだ!」と気を引き締めた。

 

 翌日、そらが職場復帰すると、唯子たちが、

 「そらちゃん戻ってきてくれたのね~皆心配してたよ」

 

 「ありがとうございます。本番の進み具合はどうなってるのですか?」

 

 「それが…中止になったよ」

 

 「えーっ!?どうしてですか?」

 

 「チーフのせいよ」

 (やっぱりそうだったのね…あの暴れっぷりは尋常じゃなかった。せっかくコーデしても一気に台無しにしちゃったもの。一からやり直すとしても時間がかかるし、当然本番に間に合わない。それに招待されたモデルさんたちもカンカンに怒ってるでしょうね)

 

 「それでチーフはどうなったのですか?」

 

 「まだいるよ。よくクビにならないよ。社長のお気に入りなんだから」

 

 「でも、あの時よりおとなしくなったような…あの件で懲りたのでしょうか?」

 (そういえばチーフ、いつもより元気なさそう…これまではイケイケで自分勝手に振舞ってたもの)

 

 「十分反省してるみたい。同じ過ち繰り返さないって。どうせ、またやらかすよ」

 

 翠はそらに、

 「そらちゃ~ん、あんたのせいで中止になったよ~」

 

 唯子や玉恵は、

 「そらちゃんのせいじゃないでしょ」

 

 モデルのまりあも、

 「自分がブチ壊しておいてよく言うわ。そらちゃんの何が気に入らないのよ」

 

 翠は逆上して、

 「あんたには関係ないでしょ!あたしは自分が気に入らないと、とことん叩きのめさないと気が済まないの!だからあんたもこうしてやるわ!」と、まりあの胸ぐらを掴み、

 

 「きゃっ、やめて!何するのよ!」さらに長い髪を掴み、押し倒され腰を強打した。

 

 「痛い!助けて!」

 (フンッ、あたしに不満があるのなら、こうなるのはわかってるでしょ!)と、翠はしてやったりの表情だ。

 

 「まりあちゃん大丈夫ですか?」専属スタイリストの玉恵は、まりあを起こそうとすると、

 

 「痛い…腰を強く打ったみたい」

 

 「しっかりして、まりあさん」

 腰を強打したため、骨折したかと思っていたが大事には至らなかった。軽い打撲だった。

 

 「チーフ、なんてことをするのですか!ケガさせてモデル生命縮めるつもりなんですか?もし、万が一そうなったら責任をとってくれるのですか?」

 

 「うるさいわね!皆あたしの前から消え失せてよ!」

 (あ~あ、せっかくおとなしくなっても、また同じことやらかすよ。社長もいい加減贔屓するのはやめてよね。潔くクビ切ったらいいのに)  

 

 

 (つづく)